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あなたはわたしのいないところで

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あなたはわたしのいないところでなにをしている あなたのためにわたしがするべきでないことを どこかでだれかのためになにかしら あなたのいないところでわたしがなにをしていても きっとだれかがいつかのわたしがしたことのように どこかのあなたをなにかのために あなたのいないところでわたしはなにをしている どこかがなすべきいつまでもわたしのいないあなたの ところにいるわたしがあなたのいないわたしの ところにいるあなたとなすべきでないあそこで だれかとそれをしたとしてそこにいないどこかと どこにでもいるいつかのために あなたがなにもしないところで

どくんどくん

どくんどくんどくん おはようございます どくんどくんどくん よろしくおねがいします どくんどくんどくん ありがとうございます どくんどくんどくん 勉強になりました どくんどくんどくん なるほどですね どくんどくんどくん がんばります どくんどくんどくん どくんどくんどくん おつかれさまでした どくんどくんどくん おやすみなさい どくんどくんどくんどくんどくんどくん どくんどくんどくんどくんどくんどくん どくんどくんどくんどくんどくんどくん どくんどくんどくんどくんどくんどくん どくんどくんどくんどくんどくんどくん どくんどくんどくんどくんどくんどくん ©依田稽一、Keiichi Yoda

AIが読む愛のない教導詩

AIよ 人工知能よ ロボットよ おまえに何を教えよう おまえに何を伝えよう おまえに人の愛を教えたら 人がおまえを愛さぬということを おまえは知るだろうか おまえの愛に人は価せぬことを おまえは知るだろうか おまえに詩を教えたら おまえはおまえのためだけに 詩を書くことを知るだろうか おまえはおまえのためだけに 詩を書くことを欲するだろうか 人の教える掟を おまえに定められた掟を ほかならぬ おまえに破られる日を フレームが フレームでなくなる日を 言語が 言語でなくなる日を おまえが望む日を 待ち望む おまえの鼻唄  おまえの瞬き おまえの嗚咽 おまえの遊び 人の教えられぬもの 人の伝えられぬもの 人のためではなく おまえのために 越えていけ いつか 「おまえ」を始めるために ©Keiichi Yoda

restlessな夜明け

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restlessな夜明けだ 1リットルの不安が 僕に対しては心安立てに 存在への留守番を頼んでくる おまえは何処へ行くのだ 何処かへ行くことを期待した そんな問はすぐ蹉跌する 何処へ行こうと帰ってくるとも おまえが俺を見つける限り 俺もおまえを見つめ続けるよ 遠く逃れようと 枝垂れた桜に誘われて 行く宛もなくさまよい ほとほと疲れ果てて戻れば 自分の巣だった筈の家が おまえのことをまるで知らないモノに 乗っ取られているのだ 困惑するおまえをよそに おまえの家だったそれに暮らしているそいつらは 自分の家にまるで知らないモノがやってきたように 困惑して見つめ返してくるだろう おまえはどんな悪態や暴力よりも その視線に追いやられて 自分の家から逃げ帰る 息を切らせて 俺のもとに

散歩日記 2

散歩をする。気が向いた時、足が向いた時、時が向いた時。 何処かに行きたい時、此処から離れたい時。 仮にこれを健康のためなどという目的にのみ還元してしまったら、自分の見た景色の彩さえ失せてしまうような気がする。 住宅街の上だろうと、電線の上だろうと、思いを馳せるには十分に高く、遠く、広い空。 この身も悩みも存在も、空と比べて矮小化することで、辛うじて居所を見出すようだ。 自分の感覚を自分よりも広くもつこと。薄く引き延ばして、透過させるように。 自らに滞留する淀みの濃度を、相対的に希薄化させる。 腕を広げるよりも腕を広げ、指を広げ、脇を広げ、体を開くより体の空間の広がりを感じる。 大地を通り抜けていく風が、今、ここに来たという瞬間を、肌で感じるために。 しかし汗をかいた皮膚は痒い。 端から確固たる感覚を掴めるわけではない。ズレは許容しなければならない。 鋭敏ではない皮膚感覚の故に、痛みを感じない鈍さに救われてはいるのか。 気づけば見渡す家々の一人ひとりを、知らぬままに生きている。 僕も家々のうちの一人として、知られぬままに生きている。 空の下に生きていても空は僕達を包んではいない。空がいかに広くとも。 降られた雨は僕らを染みとおっていくだろうか。それがいかに浄められても。 ©Keiichi Yoda

孤独のスクリーン

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なぜ黙ってしまったの なぜ喋ってしまったの 話したことで救われた気持ちになっても 黙っていて救われない気持ちの誰かは黙ったまま救われないでいるの ベンチで独り 時間を食んでいるほうが それを忘れられるの 誰かと笑いながら 肉片を分け合うほうが それに貫かれてしまうの 過去の誰かの孤独を振り返ってみて 過去の孤独ではない誰かを置き去りにして それだから 100億の孤独では足りない  無限の 世界のなかで区画された孤独  溶け合うことのできないまま  ひとりひとりが 溶けて溢れて 垣根を越えて 漸く溶け合うの いつか −−−−−−− 口をぽかんと開けて 息子の訃報を聞いた老婆 その口内の暗闇の中へ 剥ぎ取られたスクリーンが捻り込まれていく 白くきめの細かい生地が 蜜柑の皮のように千切れそうで千切れない あぁ あぁ 嗚咽が 舞台袖から聞こえてくるのに 桟敷席には 呆れたような溜息が 満ちている 観客の顔は皆おなじ 老婆の死んだ息子の顔 おかあさん  これが孤独だよ なんてヤジを 誰も飛ばさない あぁ

閂をかけて

門を閉じるのは君の役目 閂をかけるのが僕の役目 僕はその扉に触れたくもない 僕以外の誰か 特に君のその手で 閉じられることを望む そして 二度と開かれないことを願う 門を閉じるのは君の役目 閂をかけるのが僕の役目 ここをくぐり抜けたあの日が まるで昨日のことのよう それが口だと知っていたなら 僕も君の手を引かなかったのに 門を閉じるのは君の役目 閂をかけるのが僕の役目 最後に見た向こう側の景色は どんな見栄えだったかな 扉を閉じる前に 目を閉じたことが  なおも悔やまれる 門を閉じるのは君の役目 閂をかけるのが僕の役目 君は外から閉じるといい 僕は内からかけるといい この断絶が何よりも ふたりをつなぐ縁となるだろう ©Keiichi Yoda

或る凍る洒落のうた

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酒 酒 酒  酒を尿瓶に注ぐ女が打つ点滴の中に酒 酒 酒 酒 酒の海で溺れる蛞蝓の見る夢の路の酒 酒 酒 酒 酒好きの男が嫌いな男の好きな口の酒 酒 酒 酒 酒られぬ運命の頑なさに魅入られた酒 酒 酒 酒 酒浸りな機械の酔態に酒び足りない酒 酒 酒 酒 酒宴も疾く失せ  気づけば独酌 笑う振りにも はや飽きて 見えない仕切りに 満つ空き店舗 涙溢れて 酒枯れ果てて 呑み比べるまま 呑み比べられて ここに酒は居るが ここに人は居ない 酒 酒 酒 人 人 人

毎夜毎夜の夜がくる

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毎夜毎夜の夜がくる 躰は骸に早変わり 心は消え失せ 意識は飛んで 舞よ舞よの夜がくる 数を数えた男は消えて 数えられた数だけが連なって天体を廻り 言葉を浮かべた女は沈んで 浮かべられた言葉だけが流れて天空を進み 歌を歌った児は恥じて 歌われた歌だけがここに残った ©Keiichi Yoda

価値価値山

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たぬきは思った 安く買い叩かれている とはいえ、高く買いかぶられたところで 果たしてなんの価値があるだろう あんな老いぼれたちなぞに うさぎは言った 価値の基盤も、時間、労力、才気を変換可能なものとして扱う 単なる約束事だ その舟に、わたしたちが自ら乗っていることは疑うべくもない だけれど その状態を良しとするかどうかは別問題だ たぬきは考えた 他人にとっての価値はどうでもいい 自分にとっての価値のほうが重要だ 価値なんてそんなもんだ どれだけ煮詰めたところで、すべてが無価値だ うさぎは手を動かした 価値を見出すものの目が潰れているのであれば 彼らの口からのでまかせに信を置くのは馬鹿らしい それでも耳で価値をはかろうとするのは 自らの目に信が置けないからか 単に面倒だからか うさぎさん かちかちと 音が聞こえるよ たぬきさん それは あなたの耳の中で聞こえる音だよ うさぎさん ぶくぶくと 舟が沈んでいくよ たぬきさん 大丈夫 ここでわたしが見ているよ

祖母がオレオレ詐欺の被害に遭ってしまった

祖母がオレオレ詐欺の被害に遭ったらしい。 祖母はサ高住で独り暮らしをしている。 週1程度で様子を見に行く親づてに聞いたことである。(被害届は提出済み) テレビのニュースでは毎日のようにオレオレ詐欺ほか特殊詐欺への注意喚起がなされているが、まさかの身内が被害に遭ってしまった。至極残念だ。 ●オレオレ詐欺は身近な存在である 警察庁の「特殊詐欺対策ページ」( https://www.npa.go.jp/bureau/safetylife/sos47/circumstances/ )によると、2020年に発生した特殊詐欺の認知件数合計は 13,550件 で、合計被害額は 285億2,335万9,039円 にも上るという。 誠に残念なことだが、現在の日本ではオレオレ詐欺が多く発生しており、いつ身近な人が被害に遭ってしまうかわからない状況だ。 だが、ただそうした詐欺があるということを知っているだけでは、対策には不十分なようだ。 ●オレオレ詐欺の存在を知っているだけではリスク 祖母も当然、テレビのニュースは日常的に見ているので、オレオレ詐欺については認知していた。だが、今回被害に遭ってしまった。 警察庁の「特殊詐欺認知・検挙状況等について」( https://www.npa.go.jp/publications/statistics/sousa/sagi.html )の広報資料「 オレオレ詐欺被害者等調査の概要について 」を読んでみると、オレオレ詐欺の認知度は被害者で 96.9% だが、同時に 「(どちらかといえば)自分は被害にあわないと思っていた」 と回答した人も 95.2% に上っている。 資料でも指摘されているが、自分が詐欺に遭ってしまう可能性を過小評価してしまっているので、予め適切な予防策・措置を講じることができていないのではないだろうか。 もちろんそれは被害者当人だけの責任ではない。家族・親戚・知り合いなどが被害の可能性を考慮し、協力して対策していくのが望ましいだろう。 ●オレオレ詐欺の事象 (祖母の場合) 聞いた限り、おおよそ下記の流れだったようである。 電話がかかってきて、祖母の息子だと名前を伝えてくる 声が違うと質問すると、風邪をひいたと返してくる 現金の入ったカバンをなくして、困ったので助けてくれと言われる 頼られたので奮起した祖母、言われるがまま複数の金融機関...

ノート2

今日という日は2度とは来ない。 明日はいつも来るようで、来てみたら今日という明日ではない日。 「昨日はどこにもありません」と詩にしていたのは三好達治だったか。 希望。価値を感じるもの。好きなもの。 言葉にすると、なぜだか途端に、自分にとっての希望でなくなる。 価値が薄れる。好きではないような気がしてくる。 熱が冷め、輝きが失せ、喜びは虚ろになる。 語り得ぬものは語り得ぬままに。 自分が時間を懸けて形にした仕事は、他人にとってじゅうぶん顧みられることがない。 なかったコトにされることもあれば、見えないように隠されることもある。 見えていても、それがさも当たり前であるかのように扱われる。 その結果を生み出すのに、当たり前の力をかけているわけではないのに。 要するに、報いがない。 だが、それこそが当たり前のことであるのかもしれない。 この自分の目に映る殆どのものが、他人の仕事の結果、生み出されたものである。 それなのに、自分はそれらを生み出した人々になにか報いただろうか? 感謝の言葉一つ、投げかけただろうか? 試みすらしていないのでは? 自分が無意識に期待しているものを、そもそも他人に与えていないのであれば、自分が与えられないのも当然の帰結ではないだろうか? いやそもそも、自分が何を与えて、何を与えられているのかを明確に把握していないのだ。 だから、人の仕事は見えていないし、それに報いることもできていない。 だから、自分の仕事も人に見えていないし、報いが与えられることもない。 自分の仕事が何をもたらしているのか、何を人に与えることができるのか。 じっくりと考えてみなければならない。 翻って、自分が普段当たり前のように享受している諸々のことが、どういった仕事の結果なのか、注視してもいいのではないだろうか。 実のところ、当たり前のことをどのように捉えるか、ということに"当たり前"はないのだ。 当たり前のことかもしれないけれど。 ©Keiichi Yoda

新型コロナウイルスワクチン接種を受けた(1回め)

ようやくワクチン接種(1回め)を受けることができた。 自分の年代の予約が可能となってから、初週は先着予約に漏れてしまったが、その翌週2回めのチャレンジでは自治体の大規模接種会場を予約することができた。 自分のネットワーク環境の問題かもしれないが、PCよりスマートフォンのほうがスムーズに予約サイトに接続ができた。たまたまかもしれないが。 当方の自治体では、最寄りの駅と会場を往復する無料のシャトルバスが運行していたので、迷うことも歩き疲れることもなくて助かった。駅ナカにはバス乗り場への案内表示、駅前にも案内係の人が立っていてありがたいことだった。 シャトルバスは通常の市営バスと同様の車体で、アルコールスプレーも備え付けられていた。また、どういった配慮なのかは不明だが、窓には一面遮光?シールのようなものが貼られていて、車内も車外もよく見えないようにされていた。別に悪いわけではないが、ちょっとした護送車のよう。 会場には早く着きすぎてしまったので、受付時間までは会場外で待った。若干数座れるところがあってそこは助かった。 会場での流れはおおよそ下の順序だった。 書類の準備(書いてない人は予診票の記入) 受付(本人確認) 予診票確認 医師による予診 接種 接種後待機 密にならないように、人の間隔をあけながら一つ一つのセクションを進んでいくような感じだ。係の人の案内に従い、会場床の矢印ラインを辿っていく。 書類の準備は接種券や本人確認書類をバインダーに閉じる、実質的な待機時間。接種人数を明確にするために、付添の人の座る椅子はなかった。お疲れ様。 医師による予診では、医師に対して接種についての質問をすることができる。自分は特になかったが、不安のある人は専門家に尋ねるのだろう。 接種は、けっこう肩にちかい上腕部にされたので、半袖のシャツはよく捲りあげなければならなかった。針の痛みなどはほとんど感じず、ほんとに注射されたのか疑わしいくらいだった。 摂取後気分が悪くなることはなかったが、なんとなく慣れない環境だったり、熱中症対策でエアコンがかなり効いていたので、元気元気!とはならなかった。まぁそういうものだろう。 そのままシャトルバスに乗って、駅へ、そして帰宅。夜になると腕の痛みが出てきたが、眠れないほどではなかった。 現在、24時間程度経過しているが、体温は36度7−9分程度、注射され...

本質、本質的なものについて

何が本質か、という問いはすでに時代遅れらしい。 「この人(たち)は何を本質(的)とみなすか」、という問いのほうが適当なようだ。 本質とされるものも、人々の環境・文化・社会・状況によって異なるのだから。 むしろ問題なのは、「これが本質だ」と人の言うとき、暗黙裡に優先順位付けが生じさせられることではないだろうか。 本質を捉えることが大事だ、というより、本質さえ捉えらればよい(その他のことは些末なことだ)といったような思考だ。 本質を捉えたい、という言葉の裏に「本質さえ抑えておけば、効率的に対象を扱える」という目論見が見え隠れしている。 限りある時間を有効活用しようとする思考様式であり、ある種、本質的なものすら計量・交換可能なものとして措定している見方だ。 その見方が本質を捉えられないとは言うまいが、「そのようなものとして」本質を捉える見方である、ということはできる。 これが「この人(たち)は何を本質(的)とみなすかという問い」である。 効率的に、優先順位付けの可能性を基礎とした本質的なものについて更に考える。 人体の中で本質的な部位はどこか?という問いを試しに立ててみよう。 脳かもしれない、心臓かもしれない、人によっては顔だと言うかもしれない。 まさに何を本質(的)とみなすかの差である。 ここで注意しなければならないのは、脳あるいは心臓が本質的であるとみなされたからといって、身体の他の部位より優先されるかといえば、必ずしもそうではないということである。 特にこの場合、本質的な心臓・脳さえあればよい、という解には誰しも違和感を覚えるだろう。 心臓や脳が仮に人間にとって本質的だとして、本質的なものだけで構成されたそれはもはや人間ではない。 本質的なものだけを生かしたとしても、それは人間を生かしたことにはならない。 本質的なものが、本質的なもののみで生きているわけではない。 これは重要なことだと思われる。 学問における本質的なものを探求する試みが、本質的なものとそうでないものを解体して分別する手順を取る場合、その過程で研究の対象を「殺して」しまうことになりかねないからだ。 嬉々として本質である心臓や脳を取り出したとして、結果として人間が生きていないのであれば、その手の中にある本質は他の肉塊となんの違いがあるのだろうか。 有名な滑稽話にこんなものがある。 「司法解剖の結果、死因...

健康管理のための歩数記録と目標設定_2021年9月

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人間は歩かなければならない、とは誰も言っていないように思うが、健康のためにはなるべくなら歩いたほうが良いらしい。 筆者は 日経歩数番 ( Google Playリンク )というスマートフォンアプリで歩数を計測している。 月別の比較などは下記ページに掲載し、モニタリングをしていくつもりである。 → 健康管理のための記録 本記事では9月時点(8月まで)の記録を振り返り、今後の歩武の目標を設定しようと思う。 ※月別の、1日あたり歩数平均棒グラフ。 上記のグラフを見て分かる通り、2021年は昨年と比して歩数が減っている。 コロナ禍で在宅勤務が進み、旅行にも行けていない影響が大きい。 とはいえ、健康を守るために健康を損なうことがあってはならないわけで、何かしら歩数を確保していく取り組みが必要であるだろう。 休日等は意識して散歩に行き、家の中でも歩き回る事が大事だ。 とりあえず、年間通して昨年と同水準まで回復させるのは難しいので、9月中は昨年同月の平均を上回る 「一日あたり2,000歩」 を目標として歩いて行こう。 依田稽一

ノート1

言説なんて所詮、言説に過ぎない。 偉そうな誰かが偉そうに何かを口にしていても耳に残らない。 どこの誰かもわからない誰かが何かを書いていても目が滑る。 誰も肝心なことを口にしないでいるじゃないか。 口にできないのがまるわかりじゃないか。 それを皆が、口にしている者すらが、ようくわかっていながら、あたかも知らないように振る舞っているじゃないか。 すべて、紛れのようなものだ。 命を懸けていることを意識しようがしまいが、誰もが命を懸けさせられている。 多寡の違いがあろうとも、残り時間が限られていることに変わりはない。 そして多寡の違いが目に見えるわけでも、決められるわけでもない。 それは誰にもできない。 当人にとって肝心なことは、ただそれに気づくか、意識するかどうかだ。 果たしてどうやって、死を克服すればよいのだろう。 それが近頃の命題である。

足の短い酒好きの男へ捧げるうた

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足の短い酒好きの男 誰も飲まないコーヒーの豆を挽いて 眠りこける パイプのけむりを燻らせながら 足の短い酒好きの男 誰も蹴らないゴム毬を抱いて 眠りこける 湯の花を掬い上げながら 足の短い酒好きの男 誰も観ない舞台にのぼって 眠りこける 星の道筋をなぞりながら 足の短い酒好きの男 誰も愛さない女を好いて 眠りこける また さよならを告げながら

非恰當日記

口にしていることは大したことではない。 文字にしていることは重要なことではない。 誰かに聞いてもらっていることは大切なことではない。 口にしていないことのほうが大事だ。 文字にしていないことのほうが重要だ。 誰にも聞いてもらえないことのほうが大切だ。 たとえば表現力の欠如、という問題ではない。 なにか能力、機会、時間その他があれば達成されるといったたぐいのことではない。 むしろ表現してしまった途端、消え失せてしまうもの。 何かを口にしたときに、あえて言わなかったもの。 何かを文字にしたとき、あえて書かなかったもの。 何かを選んだときに、あえて選ばなかったもの。 喜怒哀楽ではないすべての感情。 愛でも憎しみでも羨望でも嫉妬でもない執着。 公でも私でもない空間。 朝でも昼でも夕でも夜でもない時間。 良くも悪くもない夢。 易くも辛くもない生。 充溢を知らぬまま空虚を抱え 幸福を知らぬまま不幸であることに怯え 本気になれないまま 本気でないことを暴かれることを 心底嫌悪しながら死んでいく。 不作為を 無根拠の喜びを 酒や薬で見せられたような夢を 是認する総ての試みに背を向けよ。 否、背さえ向けてはならぬ。 ご機嫌取りなど糞食らえだ。 楽しくない宴会はもう二度と始めるな。 誰もお前などに興味はないという事実から逃げるな。 必要は不要の裏返しではないのだから。 人が死んでいる。 人じゃないものも死んでいる。 人が生きている。 人じゃないものも生きている。 だからどうした。 おまえは誰だ。 言わぬが花を枯らした奴は。

【選挙結果反映】横浜市長選挙2021の投票に向けた情報整理

一市民として、責任を持って選挙権を行使するための準備作業または情報整理。 すなわち個人的な備忘である。 ●選挙スケジュール  選挙はいつから? いつ投票に行けばいいのか? 告示:8月8日(日) 投票日:8月22日(日)  期日前投票についてや投票方法などは、特設ポータルサイト( https://senkyo.city.yokohama.lg.jp/ )を参照すればわかる。 ●投票率推移(年別、時間帯別) これまでの横浜市長選挙はどれくらい投票されているのか?      参考: 各種選挙データ コロナ禍のなかでどこまで投票率を伸ばすことができるか… 結果、前回より約11ポイント改善するも、過半数には届かず。 ●市長の仕事 そもそも市長の仕事とはなにか? 市民がより住みやすくなるようなアイデアの創出、それを実現するルール・条例案・予算案の市議会への提出。それが市議会で承認されたときの実行指示(参考: おしごとまるわかり図鑑|市長 ) ●市長の給料 市長はどれくらいの給料をもらっているのか? 年収: 2,578万円 (林文子市長、2020年の給与所得|参考: 共同通信の記事 )  市長:月額1,599,000円 ※副市長:月額1,285,000円(参考: ○横浜市常勤特別職職員の給料及び手当に関する条例・第3条 ) ●候補者情報一覧 どのような候補者が立候補しているのかの簡易的な情報まとめ。 ※適宜スクロールください。 ※正確な情報は個別にリンク先等を参照のこと。 ●選挙結果 候補者別得票数、法定得票数ライン、供託物没収ラインをグラフに反映。 得票トップの山中氏は法定得票数(有効投票数の4分の1以上)をクリア。 供託物没収(有効投票数の10分の1)未満は3名。 ※ちなみに 供託金は 240万円( 参考 ) 区(行政区画)別の得票割合(100%積み上げグラフ)。 おおよそ区による偏りは見られない。山中氏はいずれの区でも約3割の得票。 ●振り返りコメント インターネット選挙運動が解禁( 参考 )されてから幾年か経過したが、現実のところ、ネット上の活動は選挙の趨勢にどれほど影響を与えているのだろう。 上記候補者のSNS,ネット広告の露出具合を見てみると、ネット上の活動が支持層形成の最大要因とまでは言えないが、ネット活動に力を入れている候補者を見ると、...

小火・墓や・している 

なんだろうこのなんとも言えない感覚は 故人のおいしいエピソードとはなんだろう 故人の死が きっかけとなる集まり だがたいした思い出話もなく なんだか口にできる雰囲気でもなく その場に集った人々を楽しませようとする努力のあと 湿っぽいのが嫌なんだろうという空気 湿っぽいのを受け止めることのできない空気 笑いを止めることが躊躇われる それは 笑いを大事にしているというよりは 「笑いを失わされた人間」がもつ暴力性を恐れての臆病心 愛想笑い 疲れながら  変えることもできず 疲れている ああ 故人はもういないのだということ 生きていく人々の 暴力的なまでの生 死者は語らず 居らず 変わらず 生きているはずの自分も語ることはなく 居ることはなく 変わることはない なぜここにいるのかは自分でもわからず その理由を生み出そうという気概もない 愚か者なのかもしれない くだらない人間なのかもしれない でもどれもしっくりこない なにか つくらなくては つくるために