投稿

ラベル(階シリーズ)が付いた投稿を表示しています

階の十三 「ラーラ・ラーラ」

イメージ
ラーラ ラーラ 高い高い塔の上から飛び降りて 窓ガラスに映る空の青さを粉々に砕いて 見上げることでしか知れない空なんか忘れさせておくれ ラーラ ラーラ 深い深い夢の底まで潜り込んで 追いかけてくる罪悪感から僕だけを逃して 曇り空に残してきた声の出し方を覚えさせておくれ ラーラ ラーラ 長い長い山脈の先から顔を出して 穢れた息吹で雪肌に霊薬を塗り込んで 地殻へと染み込んだ電流を途絶えさせておくれ ラーラ ラーラ 巡り巡る血で血を洗う右手首を掴んで 照り返す感情に萎えさせられた産毛を並べて レースのカーテンの織り目の穴の数を学ばせておくれ ラーラ ラーラ 愛を謳わない愛をもつきみ 生を謳わない生をもつきみ 愛を謳う愛を産み捨てたきみ 生を謳う生を産み捨てたきみ ラーラ  ラーラ

階の十二 「黒い服のバロネス」

イメージ
黒い黒い服のバロネス 黒い黒い服のバロネス いつも窓辺に独り立ち 帰らぬ児らの看取り待ち 幸薄かれと願を掛け 価値弱まれと難を避け 明けぬ夜道の父を呼ぶ 巻けぬ鎖は宙を跳ぶ 黒い黒い服のバロネス 黒い黒い服のバロネス 瘤より役に立たぬ空 飛ぶより飽きに待たぬ法螺 貰い物より残した鉄漿に 暗い眼指落とした畝に 胸の空くよな しゃっくりひとつ 爪を剥くよな 徳利荷物   黒い黒い服のバロネス 黒い黒い服のバロネス お疲れの夢をあの児らと見て お流れの宴をあの人と着て 射手座の空よりもなお高く高く どてらの裏よりもなお紅く紅く 斯くして女は涙の裏に 隠して鉋が阿弥陀の蔵に 黒い黒い服のバロネス 黒い黒い服のバロネス いつも窓辺に独り立ち 帰らぬ児らの看取り待ち 黒い黒い黒い黒い服のバロネス 黒い黒い黒い黒い服のバロネス

階の十一 「聖地ソイデメアへ」

イメージ
  もう無理です セニョーラ この先を登らなくてはならないのですか 老骨に鞭打ちここまで来ましたが この先にある廟に参りたかったですが 足が動きません セニョーラ こんな遠くから見ても見上げるほど高い塔 とても辿り着ける気がいたしません 尖塔の先の十字架 あれは私の墓標でしょうか 爪が割れそうです セニョーラ あの噴水の側で しばし腰を下ろすことは叶いませんか 考え直すのであれば今ではありませんか セニョーラ ああ 脚が棒のようであればまだ良かった 我が脚はただひたすらに重みです 重みに重みを担うことができましょうや? 我が口は我が脚の悲鳴を満足に代弁することも覚束ない なぜそんなに先に行ってしまうのですセニョーラ この老いぼれの願いをどうか聞き届けてください これまでの諦めと恐れと恥に相応しい慈悲をお恵みください セニョーラ セニョーラ お願いです その美しい青い壁画よりも 私の顔面は蒼白く その厳しい偉人の彫刻よりも 私の躰は頑なです 息も絶え絶えです セニョーラ なぜ樹々は あんなにも雄々しく茂っているのでしょう ただ立っているだけで 目を焼くように若々しい緑をちらつかせて 枯れてしまえ 早く折れてしまえ いや失礼 セニョーラ  向かい風が強くて倒れそうなのです この手の杖の先が 地面から離そうとしても離れないのです さりとて杖を離すことも 我が手には難しい 退廃したこの腕にはなおのこと 手を手放すことが 何よりも恐ろしい! セニョーラ あと少しが何よりも恐ろしいのです あと少しが本当に少しだった試しなど 少しもないのですよ より多いにせよ より少ないにせよ 終わりがないのです きりがないのです 私どもに許されていることなど なにもないのですが 許されるのであれば 終わりを自ら決めることです きりを自分でつけることです はじめから はじめないことです セニョーラ 登りつめて なにが見えましょうや 登りつめて なにが得られましょうや セニョーラ よしんば見えたところで 覚えてはおけないのです よしんば得たところで 捨てるしかないのです あるいは 捨てられるしか セニョーラ そんなに早くいかずとも 聖地は逃げません 聖廟は逃げません そんなに早くいっては 私の声が逃げてしまいますぞ 私のことばが 逃げてしまうのですから どうか どうか セニョーラ ああ い...

階の十 「印度の井戸から」

イメージ
  印度の井戸から子どもが這い上がる 聖なる穢れた水の流れを胎として かつてふた親が危めた者の血を継ぎ 束ねられた因果を精として 小粒のチョコ菓子のように生まれてくる 「わたしはお前が燃やした柊の枯れ葉だよ」 「わたしはお前が聞き逃した土鳩の13番めの鳴き声だよ」 「わたしはお前が自転車に乗っていたから通れなかった道の先だよ」 「わたしはお前が…」 役に立たない白い柵を乗り越えて 濡れた脚でペタペタと乾かない足跡をつけて 子どもたちは世界へ拡がる 地表面を埋め尽くすように 滞留していた君の枕元が 積み重なるにつれて  子どもの目玉は増えていく  飽くなき君の中傷が 精度をましていくにつれて 子どもの乳歯は尖りゆく  使い途のない宵の口で 足留めを食らう旅人は 演劇でもないそんな見世物を目の当たりにし 貝類でもない軽食を口にし 刑務でもない作業を黙々とこなしたあとは ただひとりで  日記帳に今日起こらなかったことを書き留め ただひとりで 腐った水で喉を潤し 絵にもならない笑みを浮かべ ひとりの子どもと手を結んだ 「お前はわたしが振らなかった鈴の音かい」 「わたしはお前が振らなかった鈴の音だよ」 「そしてわたしはお前の声を拾わなかった耳だ」 「そしてわたしもお前の耳に届かなかった声だ」 ついてくるのか それともついていくのか いずれにせよ しばしの間 すれ違おうか 十年と 十月と 十日の想い出を 寄り添わせるために

階の八 「小さな噴水」

イメージ
水が 水が 水が 絶え間なく湧き 湧き 湧き 喉を 喉を 喉を 削るように乾き 乾き 乾き 腐り落ちた肉を 肉を 肉を 泳がせた 堀の外に針を垂らし 釣れますかな や 釣れませんな や 釣りませんな や 釣ろうとしてませんな や 釣りかねてますな や 釣りきれませんな 腰を椅子に縫い付けられた  小便小僧の 大便が 泉の水を浄め この池に落としたものは こちらの小便ですか それとも こちらの大便ですか いいえ どちらでもなく どちらでもなく 混ざり合う 精霊の経血が 噴き出して 飽き飽きした虹の橋を夜空に建てる Shower シャウエル  Rainbow ラインバウ  Shower シャウエル  Rainbow ラインバウ  資格なしの違法建築 安全管理体制の著しい不備 遵法精神の高度な腐敗 新しい主義に囚われた古い信念 蛙は歯の根が合わず  小さな噴水池にその身を投げ 入水を達成するのであった

階の七 「レサットとオズ・レノール」

イメージ
  肉肉しく絡み合う触腕が壁沿いを這う チーズケーキが食べたくて食べたくて 彼女は今日も髪よりも長く手を伸ばす あの蕩けるようなチーズの舌触り 思い出すだけの今日に耐えかねて 明日も髪よりも多くの手を伸ばす あの焦げた焼き目の歯と舌触りと 口内で崩れて混ざる甘味と苦味を 反芻する夢を昨日も忘れてしまう されど毎日毎日毎日の現実のなか 明かりなき部屋で指が触れるのは いつもたったひとつの肉の塊だけ チーズケーキのように甘くはない 満ちているくせ満たしてはくれず 蕩けているくせ蕩けさせてくれぬ 触れるたび熱を奪われるような接触 獅子の国章をずたずたに引き裂いた 布切れをかけてやったあいつの形は ベッドに三本脚で立ち尽くす 支えることも写すこともなく  見ることも覚えることもなく いつも明かりのない部屋で いつもこの腕が触れるのは いつもひとつの肉の塊だけ 触れたことにも気づかない 触れられたことも解らない こころは互いに交わらない 絡み合えるのは手と手だけ 日毎に日毎に彼女は今日も チーズケーキが食べたくて

階の五 「それは人が支えし宮殿」

イメージ
4000年をかけてそれは創られた 100年に一人の逸材を100年に一人ずつ用い 40の建材を支柱として10人の集まりを1000年として 4000年を4つの区画で表す宮殿 それは四季ではない――それは脳幹の頭蓋である それは四方位ではない――それは心臓の肺腑である それは四神ではない――それは背骨の踵である それは四君子ではない――それは内耳の目蓋である 設計士は永遠の象徴を生命の意趣に代えた 芸術家は郷愁の風景を神秘の意訳に換えた 建材は健在であったころの名を忘れられ 新たに名付けられまたその名を忘れられた 記憶は奥底にはない大気に霧散し ありもしない歴史の闇に葬られた 逸材たちの身は葬られもせず  散りゆくことも許されぬまま これは単なる加害妄想  前に進んだあとで後ろに戻ったときに これまで歩んだ道を二度と辿れないような 出口ではない穴の空いた袋小路でしかない  はじめの人から300年が経過したころ 宮殿が燃え 4人が失われた ――100年かけて4人を集めなおした その600年後  宮殿が燃え 11人が失われた  ――100年かけて11人を集めなおした その200年後 宮殿が燃え 13人が失われた ――100年かけて13人を集めなおした その2600年後 宮殿が燃え 40人が失われた ――100年かけて40人を集めなおした これは単なる加害妄想  前に進んだあとで後ろに戻ったときに これまで歩んだ道を二度と辿れないような 出口ではない穴の空いた袋小路でしかない  実際のところ100年に一人の逸材が 何人費やされてきたのか知る由もないが この宮殿は幾度も遭った大火にもめげず 建て直されてきたのである 味気のない歴史解説の自動音声は途切れ 名も知らない建材の彫像の目が 名も知らない君の目を見つめて 「ただ行くままに先へ進め」と告げる―― そんなわけはないのだから  君は君の肋骨が告げるまま 人の支える道を足蹴にして ただ行くままに先へ進め

階の三 「太陽の下の牢獄」

イメージ
螺旋の行く先は太陽の照らす箱庭の中の牢獄 中心となる噴水池をぐるりと囲うように 均等に並べられた柵つきの牢屋が 雛壇のように六段に重ねられている 牢に囚われているのは青々とした植物たち 葉を伸ばし 蔦を伸ばし 根を伸ばし 空にわが身を懸けようと藻掻いている 衣を脱ぎ捨てた看守たちが目線を切ると たちまちのうちに根は枯れ 蔦は千切れ 葉は焼け焦げる 他の株が見切られている間に 我先にと尖塔に絡みつく 花弁に仏性が宿っていたなら 蜜を求めて数多の媒介者たちが集っただろう 種子に神性が秘められていたなら 大海を越えて運ばれもしただろう だが囚われの植物たちに冥応はない 噴水がもたらす僅かな湿気のみが生きる糧なのだから そこに生い茂ろと定められたときから終まで実りは無し 成長とは言えぬ繁茂 習熟とは言えぬ紅葉 錠はないのに扉は開かず 空いた扉から踏み出す足がない 恨み言は太陽に灼かれて 黒幕の太白を識らない葉緑体たちのために 七段目となる花冠を捧げよう 葡萄の房を一つもいで一粒を噛み潰そう 植生の幾何学がいずれ崩れ去るさまを楽しんで想起しよう その宣言が下されるのを 今は待つだけなのだから

階の二 「蝸牛クレム」

イメージ
劇場の入口を抜けたら 巨大な蝸牛がいた 名はクレム 道を修めるもの 無数の金色のピンを刺された 鈍い灰白色の殻を負い 行道を食み進めるもの クレムの這いずった跡は天の川よりも光り輝き 彼が這い回らなかった部分の道は 夜空より黒く染まってしまう まるで足の踏み場もない底抜けの暗闇 クレムは自分の足跡を辿られることは気にも留めないが 自分の足跡を横切られることを大いに嫌う 触覚を顰めて その巨体を戦慄かせたあと みずからの殻に閉じこもるだろう その時がチャンスだ 君は螺旋の頂から降ってもよいし 麓から登り始めてもよい 右回りか 左回りかを 決めて 始めさえすればよい 螺旋の山の中腹で 君はある人とすれ違う 騙し絵のように 君の大切な人とよく似た人のすがた 片目を閉じて 振り返ってもよいが 鼻が利くなら 湿った巻き貝の臭いがするだろう 耳の内から君を擽る 無音の声が 登りか降りか 右か左か 光か闇か 訊ねてくることだろう 好きに答えてみるとよい クレムは「どちらでもよい」と言うだろう (わたしが彼であれば 解を返すことなどありえないが)