ノート1
言説なんて所詮、言説に過ぎない。
偉そうな誰かが偉そうに何かを口にしていても耳に残らない。
どこの誰かもわからない誰かが何かを書いていても目が滑る。
誰も肝心なことを口にしないでいるじゃないか。
口にできないのがまるわかりじゃないか。
それを皆が、口にしている者すらが、ようくわかっていながら、あたかも知らないように振る舞っているじゃないか。
すべて、紛れのようなものだ。
命を懸けていることを意識しようがしまいが、誰もが命を懸けさせられている。
多寡の違いがあろうとも、残り時間が限られていることに変わりはない。
そして多寡の違いが目に見えるわけでも、決められるわけでもない。
それは誰にもできない。
当人にとって肝心なことは、ただそれに気づくか、意識するかどうかだ。
果たしてどうやって、死を克服すればよいのだろう。
それが近頃の命題である。
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