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7月, 2021の投稿を表示しています

二輪馬車と蜃気楼の町

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乾ききった砂漠のなかに町がひとつ ぼんやりと浮かんでいる 白い建物が並び 一筋の影も差さず まるで金星の赤道直下のようだ そんな町に向けて二輪馬車がひとつ ゆっくりと進んでいる 真っ赤な車輪に ペール色の荷台 馬は金色 馭者は空色 荷台の上には幽霊が独り  陽光に揺らめいて輪郭を失いながら 陽光に揺らめいて輪郭を失うあの町へ向けて ゆっくりと進んでいる さぁ いま 到着だ―― 車輪が町の境界を越えた途端 幽霊は自分のベッドで目覚める あぁ また 着かなかった―― そして幽霊はベッドから這い降り 髭を整え 襤褸を纏う 空色の馭者を叩き起こして 金色の馬に餌と水をやり 馬車の荷台にペール色の屋根をかけ 真っ赤な車輪を指でなぞりながら 夜が明ける前に出発する 乾ききった砂漠のなかで 輪郭を失い続けているあの町へ向けて

睡り

男は眠る 地に突き立てられた刺又に  体躯を支えられて 皮膚は垂れ下がり  瞼は垂れ下がり 一枚の襤褸を纏わせるように その背に掛けられて  男は眠る 皺を寄せる額もないが 夢を見る大脳もないが 苦悶の表情を浮かべ 唇を半開きに固定され  男は眠る あの人は君を見ていない あの町に君は帰れない あの舟が君を乗せることはない あの犬が君を待つことはない まだ眠るような時刻ではない その証拠に 月があんなに高く上っている

怪火の君よ

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打ち上げられた花火の 花びらの一つのように 君の欠片が燃え尽きて 夜闇の中へ消えていく あぁ 見えなくなった いま 誰もがそれに気づいているのに 誰も君を探しには行かない 街灯も 光華も 電灯も イルミネーションも 星星も 朝陽も フラッシュライトも  あんなに煌めいているのに  君を照らしだすことはない すべての場所を歩き すべてを探しだす すべてのロボットが  君を感知したとしても 君を探しに来たわけではない  彼らは君を見たかもしれないが けして見つけることはない 涙の燃え滓を 蒸発する笑みを 解れたままの亜麻布の装いを 蚊取り線香の残り香灰を 望むことはない それでも君は千切られる 君の欠片は散らされる 誰も探しに行くことはない

君の惰容と惰容の君に

いつもお祭りは君の遠くで賑やかだ アマルグラ、アマルグラ 繰り返す祈りの言葉 シンバリロが鳴り響く 小さな響きが連なって エスクイロンが鳴り響く 大きな響きが遠くに渡る アマルグラ、アマルグラ 丸見えの骨格が磔になった  ステンドグラスを透かしてみれば 首なしの侍祭が幼子を見守り旗を振る アマルグラ、アマルグラ 今日も眠れない墓石が 二度と目覚めない車輪を ティソーナで刺し貫いて 紅い油を注いでいる アマルグラ、アマルグラ 繰り返す祈りの言葉 いつもお祭りが遠くで賑やかだから 君は泥沼の底で焦げ付きながら這っている カテドラよ 盾の乙女よ 黙したまま君のために祈り給え ©依田稽一

トロンプルイユの現在2021展の感想

noteに記事を投稿しました。 トロンプルイユは鑑賞者の訪れを待っている寂しさを感じさせる絵画だと思いました。 ©依田稽一

散歩日記 1

久しぶりの散歩。 蝉の声を聞きに行く。 家の周りにはあまりいないようだったが、山の方へ繰り出せば、僅かながら聞こえてくるアブラゼミの鳴き声。 閑さや岩にしみ入る蝉の声  松尾芭蕉 という句もあれば 涼しさや鐘をはなるるかねの声  与謝野蕪村 という句もある。 存在の内部に染み込んでくるような音。 存在から放射していくような音。 あるいはそのいずれでもないような音。 普段は周囲の数え切れないほどの音に包まれつつも、その音は自分をただ通過していくばかりだ。数少ない自分が発した音ですら。 散歩に行くときは、人間の声や言葉じゃない音を聞きに行く。 耳を澄まさないように、気を散らした上で、意識の外からやってくるなにかの音を待っている。 判別できない鳥の鳴き声、耳元を掠めていく虫の羽音、何かが木々草々をかき分けるような音、住宅地に反響する子供の笑い叫び声。 自分の存在を全く意識していない、だが自分の意識を全く暴力的に惹きつけてしまうような音、音、音。 振り返らざるを得ないような、それでいて出どころを目にすることは気の引けるような。 自分が耳にしなくても鳴っているかもしれない、しかし自分がそこに行かなければ、自分が耳にするようには感受しなかったであろう音。 いまここで、ただし、いまでもここでもない。 足元の枯れ葉を踏みつける音を感じながら、歩く。 道中、青いトカゲが3匹、茶色いトカゲが1匹いた。 光沢のある肌が似つかわしくないほどに煌めいていた。 やつらは静かに、しかし素早く、人工の岩の隙間に隠れていってしまった。 ©依田稽一

あみだの如く来たりて抉る

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あいつは囚人だった。 何をやらかしたのかは誰も知らない。 前に一度だけ聞いてみたが、 本人曰く「何もしていない」そうだ。 正確に言えば「何もしなかったから、ぶち込まれた」らしい。 そんなことってあるか?  本気かどうかはわからないが、それ以上答える気はないってことだけわかった。 だから俺はあいつのことなんかほとんど何も知らねえんだ。 まぁ正直、あいつが何をしていたのかなんてこれっぽっちも興味はなかった。 ただ、そのときは退屈で退屈で、どうにかなりそうだったんだ。 昔話なんて、つまらない時間をどうにかやり過ごすためにしか役立たないだろ? 今もそうか。 どうでもいいことだが。 とにかくその時は、そんな昔話すらもできなかったんで、俺から賭け事をもちかけたんだ。 何でも良いからなにか賭けないか、って。 ただ時間を過ごすのだけは耐えられないからよ、って。 そしたらあいつは、あみだくじを提案してきた。 わかるよな、あみだくじ。 ふたりで賭けて、あたりを引いたほうが取る、ってことになった。 木の板に、黒炭で線を描いた。 いや、砂の上に指先で描いたかもしれない。 俺じゃなくてあいつが描いたから、よく覚えてないんだ。 ただ、あいつは縦の線を引いてから横の線を引くのじゃなくて、 横の線を引いてから縦の線を引いていた。 なぜかそれはよく覚えてる。 普通のやつは縦の線を引いてから、横の線を適当に引くからな。 こいつは先にこっちを決めようとするのか、と思ったんだ。 結局そのまま引かせたが、当たりの場所は俺が選んだ。 くじを引くときは、俺から先に選んで、次にあいつが選んだ。 結果、ふたりとも外れだった。 それでふたりとも取らなかった。当たりを引かなかったからな。 だから何を賭けたかなんて聞くなよ。 一回こっきりなんだって、お互いわかってたのさ。 あいつとは別れて、それっきり。 もう会うこともない。 ©依田稽一

私欲の痛みを

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自分の痛みに耐えるため より大きな痛みをぶつける試み あるいは… 些細な軽蔑 些細な忘却 些細な嘲笑 一週間後には自分でも忘れているかもしれない 小さな痛み 惨めさ やるせなさ しかし すぐに癒やすこともできない それ 自分のなかに 周りに 滞留して 自分も 周りも 見て見ぬ振りをする それ 耐え難くて 耐え難くて  いますぐに なんとかするために  より強い痛みを ぶつけることで  小さい痛みを 感じなくする試み あるいは… 戦争 災害 殺人 陵辱 でもそれは 誰か別の人の… いつか壊れるかもしれないが  いずれ壊れるなら 今 他の誰でもない 自分の手で… しかし  小さな痛みを 痛むことのできぬ 底なしの弱さ <おまえはもうなにもできないよ> そのとき 痛みが 私を 不要とした

雨に打たれるロボット

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そのロボットは雨に打たれていた 防水性の装甲の一部はすでに破損し、 数え切れないほどの雨粒が彼の回路に染み込んでいた 彼は人差し指を頭上に掲げた ここにいる、とでも言いたげに 一筋の稲妻が 彼の指先めがけて落ちた 光が彼を包み、また彼の瞳が光を包んだ その一瞬 彼はニンゲンへと変化した 装甲は皮膚に 回路は血管に プログラムは道徳に そして一瞬の後、彼は土塊と化した 立ち上る焼け焦げた煙臭を 雨が即座に塗りつぶしていく 土塊はバラバラになり 水流に押し流され 次の雷の明滅のあと ついに地面と見分けがつかなくなった

能転気に照り返す石畳の上の陽炎の向う側に

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単眼の少女たちが追い羽根をしている 真っ黒な羽子板で 真っ白な羽根を 落とさないように 落とさないように 彼女らはみな おかっぱ頭だが 見上げるほど背丈の高い娘もいれば 小粒のような形の娘もいる 彼女らの合間を飛び交う羽根を目で追いながら 首をがくん がくんと揺らす 彼女らは 一人として 追い羽根を愉しんではいないが 僕の愚謬を笑っている  仲良く 音頭を取って  婿取りじゃ 婿取りじゃ 湿気をたっぷりと含んだふくよかな唇の奥から しゃがれた老婆の声がする いや増していく彼女らの謡いに 耳を澄ませながら 喉をごくり ごくりと鳴らす 彼女らはみな細く美しい指をしているが 薬指だけが欠けている その手で 羽子板を掴みながら いつまでも 羽根を打ち合わせ続けている 落とさないように 落とさないように 僕は両の目を 瞬かせながら 彼女らの影から 眼指を逸らしている