散歩日記 1
久しぶりの散歩。
蝉の声を聞きに行く。
家の周りにはあまりいないようだったが、山の方へ繰り出せば、僅かながら聞こえてくるアブラゼミの鳴き声。
閑さや岩にしみ入る蝉の声 松尾芭蕉
という句もあれば
涼しさや鐘をはなるるかねの声 与謝野蕪村
という句もある。
存在の内部に染み込んでくるような音。
存在から放射していくような音。
あるいはそのいずれでもないような音。
普段は周囲の数え切れないほどの音に包まれつつも、その音は自分をただ通過していくばかりだ。数少ない自分が発した音ですら。
散歩に行くときは、人間の声や言葉じゃない音を聞きに行く。
耳を澄まさないように、気を散らした上で、意識の外からやってくるなにかの音を待っている。
判別できない鳥の鳴き声、耳元を掠めていく虫の羽音、何かが木々草々をかき分けるような音、住宅地に反響する子供の笑い叫び声。
自分の存在を全く意識していない、だが自分の意識を全く暴力的に惹きつけてしまうような音、音、音。
振り返らざるを得ないような、それでいて出どころを目にすることは気の引けるような。
自分が耳にしなくても鳴っているかもしれない、しかし自分がそこに行かなければ、自分が耳にするようには感受しなかったであろう音。
いまここで、ただし、いまでもここでもない。
足元の枯れ葉を踏みつける音を感じながら、歩く。
道中、青いトカゲが3匹、茶色いトカゲが1匹いた。
光沢のある肌が似つかわしくないほどに煌めいていた。
やつらは静かに、しかし素早く、人工の岩の隙間に隠れていってしまった。
©依田稽一
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