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紙コップが話しかけてきた話(6)

 『紙コップ如きから頂戴する時間などない!!!』、と雄たけびを上げた俺は、敢然と立ち上がり、机の上の紙コップを掴むと、そのまま高く掲げ上げ、力づよく握りつぶした上で、末期の絶叫を上げさせたのである、これほど意気揚々と気分が上がることはいまだかつてなかったといって良い、紙コップのくせに生意気なこの紙コップの魂が天上へと上って逝くのが感じられた、紙コップに魂などというものがあるという仮定の上ではあるけれども、もはやこの先ただの一言も声を上げることのない紙コップの亡骸を、手近にあったライターで燃やして焚き上げた俺は、力強く握った拳を上げ、机の上に登り立ち、猛然と勝利の雄たけびを上げたのである――というイメージやら未来予測やら期待の予感が湧き上がってきたのであるが、それを実行することがこの時の俺にはできなかった。まるで、正座に組んでいた足が痺れているかのように、足が痺れて動かなかったのである。まるで、己の体内を流れる血流が、すっかり赤色の絵の具に入れ替えられてしまい、それでも一切の異常すらなく生命を維持し、活動を促進しているのだという事実を、誰かに告げられたのではなく、何かの拍子に不意に自分自身で了解してしまったかのようだ。知らず知らずのうちに、己の得体の知れなさを知りつつも知ろうとはせず、知るべきでないことを知らなかったことにしてしまうことすらできず、知ったかぶっていたことを知らんぷりしていた身の程知らずを思い知らされた気分であった。まったくもって俺の身体は、特に足は、未知の痺れによって未知のものとなってしまった。即ち、恐怖のあまり足がすくむのではなく、足がすくんだことによって恐怖が俺の心を支配したのだ。ビジョンは色を失った。未来は閉ざされてしまった。期待はついえた。予感が消える予感がした(ことに後でしておこうと思った)。…であれば、残されているのはただ考えをまとめることしかない。 さて、気持ちを切り替えて、紙コップ様からいただいた時間を有効活用することにしよう。課題は「紙コップが、これから今まさに何を言わんとしているのか」を突き止めることである。とは言え、そう厳密に考えることもあるまい。紙コップの考えそのものズバリではなく、当らずとも遠からずの周辺を掠めることさえできれば、彼奴も満足することだろう。であれば、考えられるいくつかの候補を挙げて、それらを比較衡量した...

紙コップが話しかけてきた話 (5)

ともかく俺は、心底まで冷えきった手で、震えながらも(もしくは紙コップの声に震えさせられながらも)紙コップを机の上に置き直した。床に腰を下ろし、右、左の順に足をたたみ、正座の体勢をとった。紙コップを相手にしては、これ以上はないほど丁寧な話を聞く姿勢、「待ち」の姿勢であっただろう。 改めて件の紙コップに目をやると、まるで自分がどこぞの帝国宰相か総裁か総統であるかのようにこの俺を睥睨し(無論この紙コップに目らしいものはついていないし、その視線の先もわからないのだが)、まるでそこに御立派な勲章がじゃらじゃらと揺れているかのようにその胸を目いっぱい張っており(無論この紙コップに胸と言える部分はなく、値札シール一枚すらも貼りついていないのだが)、まるで自分より偉大な神や仏や自然や運命に大して目に物見せてやるぞと息巻いているかのように鼻を鳴らしていた(無論この紙コップに息をするような口や鼻と同定できる部分はなく、神仏自然や運命その他何らかの形而上的真理あるいは超越的存在を信奉しているのかも定かではないのではあるが)。殊勝にもそんな紙コップの話を真摯に聞こうとする俺は、自らの数十分の一の体積しかないであろう物体に対して、必要以上にこの身を縮らせていた。 紙コップは口を開いたまま一つ呼吸を整え、口を開いたまま口を開いた。 「しっかりとこの俺が見えているか?」 「しっかりとお前が見えているとも」 「話を聞く準備はできたか?」 「話を聞く準備はできたとも」 「俺が何を言わんとしているかわかるか?」 「お前が何を言わんとしているのかわかるとも」 「ほう、ならば言ってみろ。わかっているのなら」 「つまり、しっかりと見聞きし対話せよ、ということだろう」 「あぁ、ちがうちがう」 「ちがう?」 「いや、ちがわないが、ちがう。厳密に言えば違うし、おおざっぱに言えば間違いではない」 「厳密に言うと、というのは?」 「つまり、しっかりと見聞きし対話せよ、というのは単なる前提条件であり、肝心なのはこれから俺がお前に何を言わんとしているのか、それを了解しているのかどうか、ということだ」 「だったらわかるわけはないだろう。これからお前が話すことを俺が予め知っている道理はない」 「さも当たり前のように言うじゃないか」 「当たり前のことを当たり前に口にすることに問題が?」 「そうやって逃げを打とうとしても駄目だ。...

今日の語句誤苦ありふれた五句

 コンセント 抜いたプラグに 積む埃  凍み沁みと 染みに滲みてく 紙魚の染み  ところかえ おさむ未知の理 忌むこころ  ころころと そろそろのろう いろいろと  ゆきげしき クロでつぶして 雪ぎ冤 

紙コップが話しかけてきた話(4)

上から数えても、下から数えても、6番目にはこの紙コップがある。つまるところ、上から数えようが、下から数えようが、選び出される紙コップに違いはないのである。どちらが上で、どちらが下かなどという問題は、正しい紙コップの位置を導き出すうえでは、無用のものとなっていた。どうやら俺は、この紙コップの言うように、数も数えられない馬鹿だったらしい。 「わかったのならさっさと俺を取り出すんだな。これ以上つまらないことで手間を取らせるんじゃない」 ぐうの音も出ない。しかし、紙コップにとっての上下はどうなっているのか、という問いに対しては、この紙コップがうまくはぐらかして、此方を煙に巻いたような印象もあった。もう一度追及しようかという思いが首をもたげたが、紙コップ相手にそこまで興味をもつような態度を示すのは、恥の上塗りのような気がしてやめた。兎にも角にも俺は、当該の紙コップを、ようやく取り出すことに成功したのだ。 「話を聞く元気はあるか?」 「手短にしていただけるのならね」 「ならば真摯に聞く態度を示して、話し手の機嫌を損ねるようなことをしてはいけない。紙コップの話を聞くのに、その紙コップを手に持ったままの人間がどこにいる? これから真面目な話をしようというときにだ。そんなお手軽におしゃべりをする雰囲気で済ますような話ではないんだよ坊や。俺のことをテーブルの上にしっかりと置き直して、自らは正座をして、俺の目線と同じ高さになって向き合う。言われなくともそうすべきだと思うがね」 おしゃべりだかお話だか知らないが、ぺちゃくちゃと能書きを垂れるこの紙コップを手に持ったまま力を加えて一息に握りつぶしてごみ箱に捨てて何もかもを忘れてしまおうかという気になった。俺には実行する理由があり、目的があり、力があり、機会があった。しかしそうはしなかった。主に3つの理由があるが、ここではそのうちの2つを挙げるにとどめるとしよう。1つは手に持った紙コップがぺちゃくちゃとしゃべるときの不規則で不測で不尽な小刻みの振動が、凄まじい嫌悪感とともに俺の右手(もしくは左手だっただろうか…?記憶が曖昧になっている。おそらくは俺の身体感覚がこの時の経験を秩序だった記憶に定着させることを自ずから拒否したのであろう。少なくとも俺は両手で紙コップを掴むことはしていなかった)を伝って、右(左)手首を伝って、右(左)肘を伝って、右(左...

紙コップが話しかけてきた話(3)

だからこそ俺は、コップに対して「どちらが上で、どちらが下か?」を単刀直入に尋ねたのである。俺のほうが紙コップに対して、何らかの意図をもって接しているのであれば、コップの上下は問うまでもない(どちらが上でも下でも、俺にとってはどうでもいいことだから)。ところが今は、紙コップのほうが、俺に対して何らかの意図をもって、話しかけてきているのである。であれば、紙コップの上下について、当の紙コップに対して問うことに、なんの問題があるのだろうか? 此方の切実で、簡明で、至極真っ当な疑問に対して、紙コップは、自身の上下がどちらにあたるかといった端的な回答や、紙コップにとっての上下がかように定義づけられることとなったその論理的背景や歴史的事由を、理路整然と述べたてるのではなく、呆れたような溜息一つで応答した。 「やはりお前は、数も数えられない馬鹿みたいだな」 紙コップは哀れみを込めてそう吐き捨てた。 「なんだと」 「この俺が組み込まれている紙コップの総数を数えてみろ。上からでも下からでもいい」 些か此方の苛立ちが募ってきたが、言われるがまま数えることにした。 下から、紙コップが1、2、3…。 「全部で何カップだ?」 「…11」 「では今のお前にとってでいいが、下から6番目の紙コップは?」 「……これだ」 「じゃあ次に反対方向の、上から6番目にあたる紙コップは?」 ここにきて、この紙コップが言わんとしていることが、ようやく俺にも分かった。 上 〇 1   〇 2   〇 3   〇 4   〇 5   ◎ 6   〇 5   〇 4   〇 3   〇 2 下 〇 1    重ねられた紙コップ×11

紙コップが話しかけてきた話(2)

思わず口に出して聞いてしまったが、何も俺が数も数えられなければ、紙コップの上下もわからない馬鹿野郎だというわけではない。これは少し頭を働かせれば当然湧き上がる疑問のはずだ。 というのも、普通に考えたならば、紙コップ、もといコップの形状をしている物体の上下というものは、口のひらいている方向が上で、その反対側に位置する底の方向が下にあたるはずだ。一般的にコップの上下がどうなっているかと問うたらば、10人が10人、開いた口がコップの上で、コップの底がコップの下だと答えるだろう。なぜならコップを使うとき、つまりコップに何か飲料を注いで飲むときなどは、コップの口を上にして、コップの底を下にしなければ、飲料を注ぐことはできないし、飲むこともまたできないのだから。ゆえにコップの上下は、コップの口が上で、コップの底が下というのが自然な考え方である。 しかし、コップに特に飲料を注ぐでもなく、飲料を飲むためにコップを手に持つでもないときには、話が変わってくる。つまり未使用の紙コップを重ねるにしろ、洗い終わったマグカップを置いておくにしろ、その時にはコップの口を下にして、コップの底が上になっている状態、すなわち上下さかさまになっているのが常ではないだろうか。このさかさまの状態では、コップの底が上で、コップの開いた口は下だ。なぜなら紙コップを置いておく時には、コップの底を下にして置くよりも、面積の広いコップの口を下にして置いた方が安定するのだし、洗い終わったマグカップを置く時には、その水滴がコップの底を下にして溜まってしまわないように、コップの口を下にして、そこから外へ出ていくようにしておかなければならないからだ。ゆえにコップの上下は、コップの底が上で、コップの口が下というのが自然な考え方である。 では、この紙コップが指示している「下から」という方向は、コップの底にあたるのだろうか、コップの口にあたるのだろうか。もし、ごく一般的なコップイメージから導き出すのであれば、前者の「底」が下にあたるだろう。それに従って、重なった紙コップのタワーを、普段コップを使うときのように立てて、下から6番目の紙コップを特定すればいい。あるいは、未使用で置いてある紙コップの状態を尊重するのであれば、後者の「口」が下にあたることになる。それに従って、重なった紙コップのタワーを、未使用で置いてある状態に立て直して、...

紙コップが話しかけてきた話 (1)

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   ある日、紙コップが話しかけてきた。 「おい、あんた、こっちだ、あんた、ここだ、ここを向け、ここだ」 テーブルの上に立てられていた(といってもその時には倒れていたのだが)、積み重ねられた紙コップのタワーのほうから、俺を呼ぶ声がした。 「なんだ」 俺はまだ10カップぐらい残っていた紙コップタワーを手に取って、声に応答した。 「馬鹿野郎、いっぺんに手に取るヤツがあるか。俺はいちコップとして、お前に話があるんだ」 よくわからないが、紙コップは憤慨しているようだった。仕方なく、一番上になっていた紙コップを手に取り、残りの10数カップマイナス1カップの山をテーブルの上に戻し、手に残った1カップの紙コップに向き直った。 「これでいいか」 「馬鹿野郎! 俺はそっちじゃない、こっちのほうだ! 馬鹿にしてるのか馬鹿野郎!」 どうやら俺に話しかけてきた紙コップは、この手の中にある紙コップではなく、俺がテーブルの上に戻した紙コップたちの中にまだ紛れていたらしい。紙コップはさっきよりも激しく憤っていた。 「悪いな、気が付かなかったよ」 よくはわからないが、なんとなく悪い気がしたので、とりあえず謝りながらカップのタワーを手に取る。 「どれだい?」 「ここまで言ってまだわからないのか? 下から数えて6番目だ6番目! まさか数も数えられねぇってことはないよな!?」 何をそんなに怒っているのか。ひとこと聞いてやりたい気持ちが沸き上がったが、黙って言われたとおりにした。下から数えて6番目。下から数えて……。 手が止まる。 「おい」 「なんだ」 「どっちが下で、どっちが上なんだ?」