紙コップが話しかけてきた話(4)
上から数えても、下から数えても、6番目にはこの紙コップがある。つまるところ、上から数えようが、下から数えようが、選び出される紙コップに違いはないのである。どちらが上で、どちらが下かなどという問題は、正しい紙コップの位置を導き出すうえでは、無用のものとなっていた。どうやら俺は、この紙コップの言うように、数も数えられない馬鹿だったらしい。
「わかったのならさっさと俺を取り出すんだな。これ以上つまらないことで手間を取らせるんじゃない」
ぐうの音も出ない。しかし、紙コップにとっての上下はどうなっているのか、という問いに対しては、この紙コップがうまくはぐらかして、此方を煙に巻いたような印象もあった。もう一度追及しようかという思いが首をもたげたが、紙コップ相手にそこまで興味をもつような態度を示すのは、恥の上塗りのような気がしてやめた。兎にも角にも俺は、当該の紙コップを、ようやく取り出すことに成功したのだ。
「話を聞く元気はあるか?」
「手短にしていただけるのならね」
「ならば真摯に聞く態度を示して、話し手の機嫌を損ねるようなことをしてはいけない。紙コップの話を聞くのに、その紙コップを手に持ったままの人間がどこにいる? これから真面目な話をしようというときにだ。そんなお手軽におしゃべりをする雰囲気で済ますような話ではないんだよ坊や。俺のことをテーブルの上にしっかりと置き直して、自らは正座をして、俺の目線と同じ高さになって向き合う。言われなくともそうすべきだと思うがね」
おしゃべりだかお話だか知らないが、ぺちゃくちゃと能書きを垂れるこの紙コップを手に持ったまま力を加えて一息に握りつぶしてごみ箱に捨てて何もかもを忘れてしまおうかという気になった。俺には実行する理由があり、目的があり、力があり、機会があった。しかしそうはしなかった。主に3つの理由があるが、ここではそのうちの2つを挙げるにとどめるとしよう。1つは手に持った紙コップがぺちゃくちゃとしゃべるときの不規則で不測で不尽な小刻みの振動が、凄まじい嫌悪感とともに俺の右手(もしくは左手だっただろうか…?記憶が曖昧になっている。おそらくは俺の身体感覚がこの時の経験を秩序だった記憶に定着させることを自ずから拒否したのであろう。少なくとも俺は両手で紙コップを掴むことはしていなかった)を伝って、右(左)手首を伝って、右(左)肘を伝って、右(左)上腕二頭筋の周囲と内部を旋回しながら、右(左)肩を乗り越えて、右(左)脇の裏に潜り込み、心臓の鼓動を乱し始めていたからである。まるで右(左)手の皮膚を介して、この紙コップと俺の心臓が一つの臓器として結合し、不整脈を刻んでいるようであった。端的に言えば一刻も早くこの紙コップから手を離してしまいたかったのだ。力を加えて握りつぶしてしまうなどもってのほかであった。俺の右(左)手はこれ以上の感覚的刺激に耐えられそうもなかった。もう1つは、俺が絶えずこの感覚をモニターしていながら、握りつぶす際の…その瞬間の紙コップの断末魔を、ともに想像してしまったからである。俺は紙コップの声をこの時までに13回ほど耳にしているのだが、そのどれもが快いとはいえずとも決して不快な音色ではなかった―少なくともこの手に紙コップを握るまでは。仮に耐えがたいほどに耳に不快な声音だったのであれば、それを止めるため、プラス1回の極めて不快な叫びに耐えるという決意を固めることもやぶさかではなかっただろう。しかし前述の理由により、些か気持ちの挫けかけていた俺には、端から断末魔を聞くことをせずに耐える道を選ぶしかないように思われた。嫌な予感がしたのだ。直径およそ7cmの口を通って、高さ10cmにも満たない深みから、俺の全身を貫くような叫びが溢れ出してくるのではないかと…。
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