紙コップが話しかけてきた話(6)
『紙コップ如きから頂戴する時間などない!!!』、と雄たけびを上げた俺は、敢然と立ち上がり、机の上の紙コップを掴むと、そのまま高く掲げ上げ、力づよく握りつぶした上で、末期の絶叫を上げさせたのである、これほど意気揚々と気分が上がることはいまだかつてなかったといって良い、紙コップのくせに生意気なこの紙コップの魂が天上へと上って逝くのが感じられた、紙コップに魂などというものがあるという仮定の上ではあるけれども、もはやこの先ただの一言も声を上げることのない紙コップの亡骸を、手近にあったライターで燃やして焚き上げた俺は、力強く握った拳を上げ、机の上に登り立ち、猛然と勝利の雄たけびを上げたのである――というイメージやら未来予測やら期待の予感が湧き上がってきたのであるが、それを実行することがこの時の俺にはできなかった。まるで、正座に組んでいた足が痺れているかのように、足が痺れて動かなかったのである。まるで、己の体内を流れる血流が、すっかり赤色の絵の具に入れ替えられてしまい、それでも一切の異常すらなく生命を維持し、活動を促進しているのだという事実を、誰かに告げられたのではなく、何かの拍子に不意に自分自身で了解してしまったかのようだ。知らず知らずのうちに、己の得体の知れなさを知りつつも知ろうとはせず、知るべきでないことを知らなかったことにしてしまうことすらできず、知ったかぶっていたことを知らんぷりしていた身の程知らずを思い知らされた気分であった。まったくもって俺の身体は、特に足は、未知の痺れによって未知のものとなってしまった。即ち、恐怖のあまり足がすくむのではなく、足がすくんだことによって恐怖が俺の心を支配したのだ。ビジョンは色を失った。未来は閉ざされてしまった。期待はついえた。予感が消える予感がした(ことに後でしておこうと思った)。…であれば、残されているのはただ考えをまとめることしかない。
さて、気持ちを切り替えて、紙コップ様からいただいた時間を有効活用することにしよう。課題は「紙コップが、これから今まさに何を言わんとしているのか」を突き止めることである。とは言え、そう厳密に考えることもあるまい。紙コップの考えそのものズバリではなく、当らずとも遠からずの周辺を掠めることさえできれば、彼奴も満足することだろう。であれば、考えられるいくつかの候補を挙げて、それらを比較衡量したのち、最も解に近しいと思われるものを選出するのが良かろう。
俺は紙コップの「言わんとしていること」を推理するため、脳髄をフル回転させようと試みた。この試みにおいて、俺は自らの脳内で100の推論から500の結論を導き出した。この500の結論が導かれる中途で35の新たな問題が起こり、403の解決が図られた。この403の解決法が実行に移されるうちに30の新たな疑問に出会い、403の答えを探した。403の答えを探索する間に34の新たな危機が舞い降り、430の防衛策が編み出された。430の防衛策が講じられるのに合わせて30の新たな欠陥が見つかり、209の修復案が適用された。209の修復案が採用されている横で32の新たな悲しみに見舞われ、207の慰めが与えられた。207の慰めが行きわたるさなかに30の新たな夢が羽ばたき、200の目覚まし時計がけたたましく鳴らされた。200の目覚まし時計がけたたましく鳴らされている折に29の新たな天体が発見され、119の名が付けられた。
以上の証明過程を経て、俺は脳内において最終的に2つのそれらしき回答を得た。最終的に得たといっても、おそらくは始めから与えられていた選択肢であったのだが。いずれにせよ、最後に残った2つは、紙コップに対して呈示する以上は、当然の如く俺に二者択一を迫るものであったが、表裏のように一体であり、それを分かつことが心苦しくも感じられた。なので俺は頭のなかで一枚のコインを宙に放り、出た目に対応した「答え」のほうを、紙コップへと伝えた。俺が選んで伝えた「答え」は、俺自身と紙コップにしか聞こえないように低く小さく響いてそのあとすぐに消えたので、ここにも書き記さないことにする。紙コップは、俺の解を聞き返すことなく、次のように返してきた。
「うーん、考えそのものズバリではないけれども、当たらずとも遠からずのところを掠めているようで、言わんとしているところが伝わっているのかいないのか些か不明瞭であるうえ、どうしてそのような帰結に落ち着くに至ったかの道筋が不透明で、考えているようで考えていなさそうなところが気にくわないが、答えなのか問いかけなのかわかるようでわからないという点に目をつぶれば、まぁ良しとしておくこともやぶさかではないかな、どちらにせよ」
よくもまぁこのように歯切れの悪い文章をスラスラと口にできるものだと、実際強く深く覚えた感動をその後すぐに忘れた。
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