紙コップが話しかけてきた話 (5)
ともかく俺は、心底まで冷えきった手で、震えながらも(もしくは紙コップの声に震えさせられながらも)紙コップを机の上に置き直した。床に腰を下ろし、右、左の順に足をたたみ、正座の体勢をとった。紙コップを相手にしては、これ以上はないほど丁寧な話を聞く姿勢、「待ち」の姿勢であっただろう。
改めて件の紙コップに目をやると、まるで自分がどこぞの帝国宰相か総裁か総統であるかのようにこの俺を睥睨し(無論この紙コップに目らしいものはついていないし、その視線の先もわからないのだが)、まるでそこに御立派な勲章がじゃらじゃらと揺れているかのようにその胸を目いっぱい張っており(無論この紙コップに胸と言える部分はなく、値札シール一枚すらも貼りついていないのだが)、まるで自分より偉大な神や仏や自然や運命に大して目に物見せてやるぞと息巻いているかのように鼻を鳴らしていた(無論この紙コップに息をするような口や鼻と同定できる部分はなく、神仏自然や運命その他何らかの形而上的真理あるいは超越的存在を信奉しているのかも定かではないのではあるが)。殊勝にもそんな紙コップの話を真摯に聞こうとする俺は、自らの数十分の一の体積しかないであろう物体に対して、必要以上にこの身を縮らせていた。
紙コップは口を開いたまま一つ呼吸を整え、口を開いたまま口を開いた。
「しっかりとこの俺が見えているか?」
「しっかりとお前が見えているとも」
「話を聞く準備はできたか?」
「話を聞く準備はできたとも」
「俺が何を言わんとしているかわかるか?」
「お前が何を言わんとしているのかわかるとも」
「ほう、ならば言ってみろ。わかっているのなら」
「つまり、しっかりと見聞きし対話せよ、ということだろう」
「あぁ、ちがうちがう」
「ちがう?」
「いや、ちがわないが、ちがう。厳密に言えば違うし、おおざっぱに言えば間違いではない」
「厳密に言うと、というのは?」
「つまり、しっかりと見聞きし対話せよ、というのは単なる前提条件であり、肝心なのはこれから俺がお前に何を言わんとしているのか、それを了解しているのかどうか、ということだ」
「だったらわかるわけはないだろう。これからお前が話すことを俺が予め知っている道理はない」
「さも当たり前のように言うじゃないか」
「当たり前のことを当たり前に口にすることに問題が?」
「そうやって逃げを打とうとしても駄目だ。逃げるなよ」
「逃げだと?」
「予め知ってはいなくとも、予感や期待はしたはずだ。逃げるなよ」
「……」
「ただ漫然と聞き流すような壁や、ただ機械的に繰り返すようなオウムに話をする紙コップではない、俺は。逃げるなよ」
「そうは言うが……」
「安請け合いしたのはお前だが、考えをまとめる時間くらいはやろう。肝心なのは、お前が俺に話しかけたのではなくて、俺がお前に話しかけたことなんだからな。逃げるなよ」
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