投稿

それでも代わりに書けるわけがないのだから

時が過ぎゆく時が過ぎゆく 追い立てられるものもなく 眠りの外で君は待つ ただ口にしてみただけの明日 ただ読み上げてみただけの今日 ただ書き記してみただけの昨日 イメージを作り上げるエネルギーすら惜しんだ  うすぼんやり のイメージのぼんやりとした印象の後悔 充たされていたはずの空間と時間と人間と 溢れんばかりだったはずの空間と時間と人間と 切り離された空? 別れさせられた時? 剥離させられた人? 否 否 否 君等は繋がり続けているが、ただ繋がっているだけの繋がりに過ぎない 間柄などどいう立ち居振る舞いがお前たちに許されているものか 僕らは隔てられた狭間で停滞する 何の間なのかもわからずに 進行する 進捗する 雲散し霧消する 淀み 泡沫 汚泥 塵 いずれにもなれない 仮定し 否定する 仮定し 否定する  肯定する力はなく 力強く否定する ああおまえ 下手糞な 卑怯者 黙って裁定する 誰かの 誰かの 失望を先取りする内耳よ め ちゃ く ちゃ なくせに 整理を希求するから 雑然とした印象のまま どこにでもいるわけではないが 唯一無二のこのわたしですら 誰にとっても無価値でござい

紙コップが話しかけてきた話(17)

裸だったからといって、どうということはない、といえばそれまでなのだが、問題はいつから裸だったか、ということである。 読者諸氏においては、この話のはじめから今の今まで、特に断りもなかったゆえ、僕についてのイメージには、常に何らかの衣服を纏わせていたのではなかろうか。もちろん具体的に何を着ていたか、というお仕着せがましくも誠実なイメージを、わざわざ構成するといった労を支払う人は決して多くはないだろうから、僕が身を置いているであろう時代や文化や環境や状況に相応しく、読者の特に好きでも嫌いでもない色合いで、非意図的で、自然で、誰の気分も害さず、喜ばせもせず、何らの意味も持たず、価値づけもされえず、あるにはあるが、あたかもないようにしか作用も機能もせず、見目麗しくはないが見苦しくもない程度の何かを装わせていたのだろう。僕が身を置いているであろう時代や文化や環境や状況というものが明確に措定されているわけではなく、読者の好き嫌いは実に多様で、色合いと言った感覚的刺激に対する好悪の判定も、価値基準の対象になるか否かも、価値基準そのものが正当か不当かも、いずれにせよ事後的に評価するほかなく、それらのイメージが実現も検証もされない以上、永遠にその「事後」の機会が訪れることはないのだし、仮に僕が裸ではなかったとしても、そのような衣服も、そのような衣服を着ている何者も、どこにも存在しえないのだから、そのような衣服を、ここにいるこの僕が着ているわけもないのではあるが。 重要なことは、「何らかの衣服を僕が着ている」というイメージが、明確に誤りであるという点だ。つまり、僕が紙コップに話しかけられたときも、紙コップの数を数えていたときも、紙コップと対話していたときも、紙コップについて考えていたときも、紙コップについて考えていなかったときも、紙コップを見つめていたときも、紙コップから目をそらしていたときも、紙コップになろうとしていたときも、紙コップになりきれなかったときも、紙コップを記憶していたときも、紙コップを忘れていたときも、紙コップの歌を聴いていたときも、紙コップの詩を聞き逃していたときも、紙コップになにか書きつけていたときも、紙コップに何かを書きそこねていたときも、紙コップの外にいたときも、紙コップの内にいたときも、僕は裸だったということだ(僕が自分自身でそう気づいていなかっただけで)。誠実...

紙コップが話しかけてきた話(16)

 口に出して呟いた。 「僕は紙コップの外にいたと思っていたが、いつの間に紙コップの中にいることになってしまったのだ?」 もう一度僕は口に出してみたが、それは現実を受け止めて呑み込むためではなく、自らが口に出したことについて覚えた違和感を再び吐き出すためだった。 (僕は紙コップの外にいたと思っていただろうか? もちろん紙コップの中にいるとは微塵も考えてはいなかったし、お前は紙コップの内に在るなどと紙コップや他人や神に言われたとしても、僕は否定したか、黙殺したか、話題を変えたかしたことだろう。なぜなら僕はただ単に紙コップと幾ばくかの時間相対し、ある限られた空間のなかで向き合っていただけなのだから。あるいはそれ以外の膨大な時間を互いに無視することに費やし、近くとも遠くとも変わらず隔絶した別個の空間をめいめい占有していただけなのだから。僕は紙コップを自らの内に取り込むことで紙コップの外に在ったことはなかったし、そう在ろうとしたこともなかった。ただ紙コップの内にあるもの‥‥多くの場合は何らかの液体を、僕の身体の内に取り込むことはあったろうし、あるいはその逆、僕の身体の内にあるもの‥‥多くの場合は何らかの体液を、紙コップの内に注ぎ込むことはあったろう。だが結局のところ、それはどちらも、互いの内にあるべきものや、自ら産み出したもの、己れの核となる何かしら重要かつ肝要かつ肝腎かつ主要かつ兼用かつ要用なものではなく、何時も一時的に内に留めておく類いのものだった。つまるところ僕たちは吐き出すために受け入れる仮初めの容器、受け渡しが行われる経由地に過ぎず、何もかもが僕らの内と外を詰まることなく通り過ぎていった、そうではなかったか?) であるからして、別段僕は紙コップの外にいたわけではなかったが、ともあれ、いつの間にか紙コップの中にいた。これまで紙コップの中にいたもののように、いずれ外へと出ていくために、いま中にいるのだとしても。 再再度、僕は口に出した。 「僕は紙コップの外にいたわけでもないが、何故、いつの間にか紙コップの中にいることになってしまったのだ?」 誰にともなく、自らにでもなく、神に対してですらなく、投げ捨てるために問いを投げ捨てた。僕はもう答えを持っているのだから。問いの行き先に意味はない。終着も執着も祝着もない。着の身着のまま着るものもない。 そうだ、僕は裸だったの...

紙コップが話しかけてきた話(15)

気づくや否や、僕はペンを持ち、升目にまた立ち向かった。ペンを突き立てるや否や、気づいた。いつの間にやら、僕は紙コップに向かわず、この部屋の壁に向ってペンを向けている。それでいておかしなことに、先程の升目は変らず僕の前にあるのだ。つまりは、紙コップの表面に書き込まれていたはずの升目がそのまま、目の前の壁に書き写されていた恰好になる。紙コップは消えてしまっていた。いつ消えてしまったのか? 僕が升目を変えようとしたときか? 五線譜が升目に変ったときか? 升目が五線譜に代わったときか? 紙コップを持ったときか? 頭の中に五線譜が書かれたときか? 紙コップに話しかけたときか? 紙コップが話しかけてきたときか? 紙コップに口をつけたときか? (この小説を見返せば、紙コップの消えてしまったその瞬間の記述を見つけることが出来るのだろうか?)それとも、そのいつでもないいつかに、いつの間にか消えてしまったのか? 黒い落書きあるいは絵画あるいはイラストあるいはデザインが描き込まれた(ペンキの掠れ具合から言って、この図形が描かれたのは少なく見積もって5~6年は前のことだろう)白い壁の前で、刷毛を手にした僕は茫然とした。 ただ消えてしまったことは確かなのだ。確かなものが消えてしまったことも、確かでなかったものが消えてしまったことも、等しく確かなことだった。 紙コップが消えたことについて、僕が確信を得たとき、僕は紙コップがある場所に気づいた。いや、正確には、紙コップが僕のいる場所だと気づいたのだ。 「この部屋は…紙コップじゃないか」 白い壁、白い床、ぐるりと円を描いた部屋。天井は吹き抜けで、天の底は見とおせないほどに昏かった。内壁に設えられた常夜灯の光が、部屋の白色の反射に吐き出され、夜に吸い込まれている。 僕は壁に触れてみた。ざらざらとした手触り。僕は壁を叩いてみた。ゴツゴツとした堅さ。 僕は床を踏みつけてみた。ゴツゴツとした堅さ。僕は床に触れてみた。ざらざらとした手触り。僕は床から壁までなめるように舐めてみた。カラカラと乾いていた。僕は床から壁まで慈しむように口付けてみた。ピチャピチャに濡れていた。僕はペチャクチャと何事かを口にしてみた。部屋のなかは変わらずしんとしていた。 その他にもいろいろなことを試してみたが、僕の五感の総てが、この場を紙コップの中ではないと告げていた。にも拘らず、僕は...

紙コップが話しかけてきた話(14)

しかし書き留めたところで、僕はドレミを知らず、ファソラを見る目もなく、シを聞く耳を持たなかった。最も肝心なメロディは余すことなく取り零され、最も余計な詩のみが取り留めもなく書き残された。 計算に必要な数直線を引こうとしていた僕は、そのまま横に真っ直ぐの線を5回引いた。僕にはそれ以上、黒い染みをつけることができないことはわかっていた。わかっていてもやってしまった。 ドとレとミとファとソとラとシとドの間の音(しかしちょうど中間にはない)、ドでありレでありミでありファでありソでありラでありシでありドでもある音、ドでもいいレ、ミのないファ、ソの気のないラ、シを待つド。幾つかの線の間の幾つかの点。流れる音色を封じることにしくじり、ありもしない音を閉じ込め、再生するべきものもなく、再生することもできない黒点。 詰まるところそれは、何かがあることの徴としての点ではなく、ただ何もないことを示す穴、孔、坑だった。なにも産み出さないまま膿を出す、留意すべき遺留物の移流先となる流域にただひとつ浮かぶ島であり、かつ大海に唯一つ隆起することで穴を穿つ大陸。無人島であり無動物島であり無虫島であり無植物島であり無鉱物島であり無機物島であり無国籍であり無農薬であり無頓着であり無認可であり無差別であり無責任であり無節操であり無論島である無色の島。 ここがお前の暮らす場所だと、だれかにぽつりと呟かれた気がした。ここは僕の島ではないけど、僕だけの島なのだからと。 もうこのときには、脳内の紙に書き記された五線譜は、眼前の紙コップの表面に写し込まれていた。他ならぬ僕の手によって。右手に持ったペンで、左手に持った紙コップに。左手に持ったペンで、右手に持った紙コップに。口に加えたペンで、両手に持った紙コップに。 記した点のひとつから、インキが垂れた。地から吹き出す石油のように、川へ流れる下水のように、開いていないはずの穴から染み出すように、次から次へと、別の点からも立て続けに黒い液体が五線譜を汚しはじめた。垂直に垂れたインキの軌跡が、点から線を形づくるように見えた。気がつけばはじめにあった横の線と後からできた縦の線が交わり、五線譜は升目になった。ただそこに存在していなかっただけの点は、何かを閉じ込めるための囲いに変わった。何も閉じ込めず、ただ一定の領域のみを閉じてしまっている囲いだ。寄り添い寄せ集められながら、...

紙コップが話しかけてきた話(13)

以下に記すのは、僕が上記の証明・計算・検証を遂行していたときに、(まさにそのときは果たして何かすら解っていなかった)紙コップの口の底から、絶えず垂れ流し続けられていた唄の詞を、可能な限り書き留めたものである。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 一昨昨日の一昨昨日は 一昨日の一昨日の一昨日 昨日の昨日の昨日の昨日の昨日の昨日 一昨昨日の一昨日の昨日。 一昨昨日の昨日の一昨日。 一昨昨日の昨日の昨日の昨日。 一昨日の一昨昨日の昨日。 一昨日の一昨日の昨日の昨日。 一昨日の昨日の一昨昨日。 一昨日の昨日の昨日の一昨日。 一昨日の昨日の昨日の昨日の昨日。 昨日の一昨昨日の一昨日。 昨日の一昨昨日の昨日の昨日。 昨日の一昨日の一昨昨日。 昨日の一昨日の一昨日の昨日。 昨日の一昨日の昨日の一昨日。 昨日の一昨日の昨日の昨日の昨日。 昨日の昨日の一昨日の一昨日。 昨日の昨日の昨日の一昨昨日。 昨日の昨日の一昨昨日の昨日。 昨日の昨日の昨日の昨日の一昨日。 6日前 指折り数えた折り返し 指立て数えた揺り戻し 6日後 明日の明日の明日の明日の明後日 明日の明日の明日の明後日の明日 明日の明日の明日の明々後日 明日の明日の明後日の明後日 明日の明日の明々後日の明日 明日の明後日の明日の明日の明日 明日の明後日の明日の明日の明日 明日の明後日の明日の明後日 明日の明後日の明後日の明日 明日の明後日の明々後日 明日の明々後日の明日の明日。 明日の明々後日の明後日。 明後日の明日の明日の明日の明日。 明後日の明日の明日の明後日。 明後日の明日の明後日の明日。 明後日の明日の明々後日。 明後日の明後日の明日の明日。 明後日の明々後日の明日。 明々後日の明日の明日の明日。 明々後日の明日の明後日。 明々後日の明後日の明日。 明日の明日の明日の明日の明日の明日は 明後日の明後日の明後日 明々後日の明々後日 ~~~~~~~~~~~~~~  

紙コップが話しかけてきた話(12)

紙コップに話しかけられてから、ゆうに6日が経過していた。我々は、人も紙コップも等しく時の奴隷にすぎない。飲まず食わずで相対している144時間あまりは、紙コップにとっても飲ませず食わせず佇んでいる8,640分間であった。互いに意思の疎通も量れず、役目の一つも果たせず、かといえ立ち去ることも持ち去られることもできないままの518,400秒間は、片時も瞬きの許されぬひとときの不届きなもたつきに費やされた。 時の過ぎ行くままに行き過ぎてゆく時の内と外で、僕は紙コップのことを忘れた。紙コップも、僕のことを彼の記憶・海馬・メモリに留めおくことはしなかった(今さら口にするまでもない紙コップについての、今さら口にするまでもない事実ではあるが、一応付言しておくと、紙コップに記憶や海馬やメモリやストレージがある筈もなく、そこに保持・蓄積・保存・収容されるべき何ものも、保持・蓄積・保存・収容を可能にする場がなければ存在を許されないのだから、紙コップも、僕も、紙コップが伝えようとしている何事かも、ありもしない場にあることはあり得ないのである)。結果的に、互いに相手を忘れ去ったことで、紙コップはただ誰かに話したかった何事かを抱え、僕は誰かに何かを告げられる準備をしたまま停止した。 何事かが起こってから、もしくは何事かを始めようとしてから、無為に6日が経過していることだけが自明であった。その「何事か」を解明しなければ、この6日から先へ進むことすらできないと、僕は明快に感じていた。 ならば僕のやるべきことは決まっていた。それは6日間のはじまりを定めることでも、6日間の終わりを定めることでも、その一日一日に何がしか「在れ」と祈ることでもなかった。 何事かによって生じた6日間を克服し、6日間という時間の果てに隠されたその何事かを見定めるためには、その6日間を無くなしてしまうことだけが逆説的に必要だった。単純な引き算の問題だ。(6日間+X)マイナス6日間=X。6日間を、6日間でありながら、6日間ではもはやないものへと、自ずから変じさせてしまう証明の過程を開始すること。数に因りて解して分けよ、繰り返すことなく組み立て直せ。 そこでは、全体も部分も繋ぎもアウラも忘却し、数直線の始点を記すジェットインクの容器の梱包の資材の倉庫の土地の所有の権利の根拠の法の判例の経験の綜合の概念の志向の嗜好の思考の能の脳の納...