紙コップが話しかけてきた話(16)

 口に出して呟いた。

「僕は紙コップの外にいたと思っていたが、いつの間に紙コップの中にいることになってしまったのだ?」

もう一度僕は口に出してみたが、それは現実を受け止めて呑み込むためではなく、自らが口に出したことについて覚えた違和感を再び吐き出すためだった。

(僕は紙コップの外にいたと思っていただろうか? もちろん紙コップの中にいるとは微塵も考えてはいなかったし、お前は紙コップの内に在るなどと紙コップや他人や神に言われたとしても、僕は否定したか、黙殺したか、話題を変えたかしたことだろう。なぜなら僕はただ単に紙コップと幾ばくかの時間相対し、ある限られた空間のなかで向き合っていただけなのだから。あるいはそれ以外の膨大な時間を互いに無視することに費やし、近くとも遠くとも変わらず隔絶した別個の空間をめいめい占有していただけなのだから。僕は紙コップを自らの内に取り込むことで紙コップの外に在ったことはなかったし、そう在ろうとしたこともなかった。ただ紙コップの内にあるもの‥‥多くの場合は何らかの液体を、僕の身体の内に取り込むことはあったろうし、あるいはその逆、僕の身体の内にあるもの‥‥多くの場合は何らかの体液を、紙コップの内に注ぎ込むことはあったろう。だが結局のところ、それはどちらも、互いの内にあるべきものや、自ら産み出したもの、己れの核となる何かしら重要かつ肝要かつ肝腎かつ主要かつ兼用かつ要用なものではなく、何時も一時的に内に留めておく類いのものだった。つまるところ僕たちは吐き出すために受け入れる仮初めの容器、受け渡しが行われる経由地に過ぎず、何もかもが僕らの内と外を詰まることなく通り過ぎていった、そうではなかったか?)

であるからして、別段僕は紙コップの外にいたわけではなかったが、ともあれ、いつの間にか紙コップの中にいた。これまで紙コップの中にいたもののように、いずれ外へと出ていくために、いま中にいるのだとしても。

再再度、僕は口に出した。

「僕は紙コップの外にいたわけでもないが、何故、いつの間にか紙コップの中にいることになってしまったのだ?」

誰にともなく、自らにでもなく、神に対してですらなく、投げ捨てるために問いを投げ捨てた。僕はもう答えを持っているのだから。問いの行き先に意味はない。終着も執着も祝着もない。着の身着のまま着るものもない。

そうだ、僕は裸だったのだ。


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