死神がまぶたのない目を閉じようとすると、ドアを開けて悪魔が入ってきた。 「今日の手捏ねハンバーグの出来はまずかった」 「あれではメスの捌きようもない」 「あれが今日の100%なら明日の80%は良くても昨日の30%だろう」 聴診器を投げ縄のようにブンブンと振り回しているあの悪魔は、確かに死神の主治医であった。 「やぁやぁやぁ、死神くん。今日の調子はいかがかな」 「昨日よりはだいぶ調子がいいように見受けられるがね」 「この分ならすぐにでも退院できそうだ」 死神が悪魔の主治医の診察を受けたのは、もう一ヶ月も前のことだった。 悪魔は昨日の調子どころか、一週間前の健康状態さえ把握していないだろう。 少なくとも、以前よりは悪くなっているはずだ、と死神は主張した。 「なるほどしかし、ひと月前のことを昨日のことのように感じる感性も、それはそれで奇特なことではないだろうか」 「あるいは死神くんが昨日のことをひと月前のように感じているのかも」 「ますます結構。長生きできるね」 悪魔はけらけらと笑いながら、死神の枕元に立った。 悪魔の手のひらが、熱を測るように死神の額を撫ぜる。 死神は自分の額に足長蜘蛛が這っているような気分がした。 やめてくれないか、と口にしようとした刹那、がっちりと両の手で頭部を固定された死神は、そのまま額に口づけをされた。 まるで海星が彼の額を這っているかのようだった。 悪魔は今まででいちばんやさしい声でこう告げた。 「君は治らない」 「手の施しようがないんだ(施したこともないが)」 「だから今日で退院だよ。心からおめでとう」 いつの間にか死神のベッドはストレッチャーへと変わり、悪魔に押されるまま、廊下を走り出していた。 死神の身体は、彼の黒いローブごとベルトで固定され、身動き一つ取れない。 いったいどこへいくのか、と死神は聞いた。 「君が行くべきところだよ」 「またの名を焼却炉ともいう」 「病床数も大事だが、回転率も大事なのだよ」 たちまち彼らは死体安置所へとたどり着いた。