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QC検定合格(第31回QC検定・2級&3級併願)

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第31回QC検定、2級&3級併願で合格した。 合格の確認 ・受験票 ・ 合格発表サイト の表示 ※3級も合格したが画像は割愛。 合格率について QC検定のサイトで公開されている 受検者データ を確認すると、2級の合格率は 48.43% となっている。 これは2010年の第10回QC検定以来、2級試験では最も高い合格率で、前回の合格率が 27.63% 、前々回が 22.96% と、直近で比較してもかなり高い水準に見える。 また、元データのグラフを見ていただければ一目瞭然だが、他の級と比べて2級だけ異様に前回試験との合格率の差が大きい。 QC検定各級の合格率の伸び(第30回と第31回の比較) 1級 前回比 +1.08% 2級 前回比 +20.8% 3級 前回比 -1.24% 4級 前回比 -0.02% ※母数となる受験者数についても、全体的な減少傾向にあり、2級だけが大きく低下していたわけではない。 この水準がテスト提供側にとって計画的だったかどうかは定かではない。 しかし、外部からこの数値だけみると、問題の難易度設定が甘かったのではないかとも思える(合格率のブレが大きいという意味合いで、安定はしていない)。 結果的には、合格および資格取得を目的とする受験者にとっては有利な試験だったのかもしれない。 個人的には、思わず試験当日に逃げ出したくなる程度には勉強不足を自覚して臨んだのだが、想定していたよりは拍子抜けの難易度ではあった。 同日中に併願3級も受験したのだが、2級試験とそれほど難易度に差を感じなかった(あまり3級メインで対策していなかったので、その影響もあるかもしれないが3級試験のほうが難しいとさえ感じた)。 客観的には、過去の試験の'重み'との同等性に疑義が生じるかもしれないが、今はとりあえず合格の喜びを素直に感受しようと思う。 大事なのは合格して満足することではなく、学習して得た知識・見識を自らの仕事ひいては社会の利益に役立てることなのだから。 勉強について 参考になるかはわからないが簡単に。 テキスト、問題集 1回で合格!QC検定2級 テキスト&問題集(成美堂出版) 過去問題で学ぶQC検定2級〈2020年版〉(日本規格協会) 勉強期間 上記テキストをAmazonで注文したのが2020年12月上旬。 第31回QC検定が2021年 3月21日(日)...

何もやりたいことはない

何もやりたいことはない やるべきことも何もない 意味もなく 甲斐もなく 喜びも 悲しみも 夢も 希望も 約束も ない 明日は明日 今日は今日 昨日は昨日 時間は壊れていく 時間は壊れた 時間は壊れてしまうだろう 本当は嘘だった 真実は虚構だった ボクは他人ではないのに ボクは他人だった 誰でも良かったのに 誰でも良くはなかった 堪らない夜 耐え難い夜 死にたくない 死にたくない 死にたくない

事切れる土鈴

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本日は晴天なり。 あるいは快晴なり。 蒲色の炒り卵を用意して、 待ちわびた千客万来の座談会。 使い古されたおべっかや、 フリー素材の美辞麗句が、 飛び交う社交の全面戦争。 腰巾着たちは蛇腹でくねくね。 来賓客たちは業腹でうねうね。 ちちはは常々努々捏ね捏ね。 さぁ待ちかねた締め括りの言葉。 「てるてる坊主がお嬢様になってしまわれたぞ」 あるいは 「お嬢様がてるてる坊主になってしまわれたぞ」 本日は晴天なり。 あるいは快晴なり。

中洲の外に取り残される内海、帰らず。

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左利き用のハサミを右手に掴んで 誰かに渡そうと考えたまま、幾日か経過した 臍の緒がついたまま泳ぐカエルの赤子が、 みどりの日までの尊厳死を求め、鳴いている 「ぼくが緑になれなかったとしたら」 「きっとそれが寿命なのだ」 杓子定規な泳ぎ方だが、外は晴れ  パジャマを着たまま公園へ、桜を見に行く ブルーシートの青の下に潜れば、あの空の青の下にいなくて済むのに 暗褐色の花びらが舞い散り、ありふれた白濁を期待していた君は口を開いて俯いた そのリストバンドではくくれない、首が太すぎるから 彼氏の羽振りが良すぎたのが悪いのさ、信号の点滅も追いつかない  手持ちの筋弛緩剤は底をつき、HBのシャープペンシルの先を 動脈にあてがって何よりの慰めとする  この管のほうがまだ太くて、まだ濃いじゃないか 手首から目をそらしたあとは、視線を落として お山の総大将の、真っ青なくるぶしを空目して 地面のような床に耳をつける、そうしてようやく 赤い赤い海が、左手の使い途を教えてくれたのだ

忘れてはならないことなどない

忘れてはならないという忘れられた言葉。 いつか忘れ去られる決意。 それを望んだもの、強いたもの、強いられたもの、ただ復唱したもの。 いつかすべてが忘れ去られる。 それでもヒトは嘘が大好きだから。

夢の話:燃え盛る僕の家・あるいは工場

 今日の夢の話。 僕は誰かを愛そうとしていた。 肉付きのよいふわふわで真白な肌の誰か。 顔はわからない。 後ろから抱きしめていたから。 でも抱きしめようとしても、強く固く抱きしめようとしても、僕の腕は空気の入っていない風船を抱えているようだった。 ----------------- 僕は工場を外から眺めていた。 お米の工場だ。 展示用のウィンドウには、お米が育てられ、出荷されるまでの流れが、笑顔の人々の全身写真とともに陳列されていた。 親子連れが写真を撮ろうとしている。 僕は邪魔だったので身を捩ってかわした。 ----------------- 夜、僕は家にいた。僕が住んだことのない家。 和装の祖父がいた。僕の祖父ではないヒト。 襖を開くと、小高い丘の上にある工場が見えた。 工場は煌めく炎に包まれていた。 大きな火の粉がいくつも夜空を舞っている。 僕は祖父に「この家にも飛び火するのではないか」と伝えた。 祖父はわかったようなわからないような反応をした。 家の倉庫が燃えた。 僕はその家を後にした。 振り返って、左目で工場が燃え盛るのを、右目で家と倉庫が燃え盛るのをみた。 多くの人が、何かをしているようで、何もしてはいなかった。 夜なのに、とても明るい夜だった。

さては胸の苦しみ

 日々やるべきことをやれぬ日々が続く。 心臓は生きるために脈を打つのではなく、その死を早めるために鐘をつく。 さようなら。 暴食により肥大化したはらわたが、心臓を圧迫する。 俯いた胸が、肺を抑え込んだまま。 引きむしることもなく。 なぜ今日も彼は生きているのだろう。