イメージは後で

私はイメージの前で立ち止まる。薄れゆくイメージの前で、イメージに接収されていく私のイメージをただ見つめている。私と私のイメージの間にある視線のイメージは直線的であるが、瞼を下ろすことで閉ざされる暗闇のイメージは全面的である。眼球の裏側、視神経ではない血管の根が脳と接続し、こめかみの斜め上側面から乾きが私を後ろへ引いていく。イメージの表面を這いずり回る痒みが、ただ空を掻き壊す指の残像を生じさせる。私はイメージの前でただ瞬きをする。霞んだ視界のイメージを回復するため、霞んだ視界のイメージの前で、眼球に癒しの水滴を垂らすべく瞬きをする。私は目を瞑る。私の頭頂部のつむじの頂点から、天へと経路が結ばれる上昇のイメージを私は纏う。無限にも等しい距離が私と天との間には存するが、私と天との間には何ものも存しない。私が頭を振る方へ天は動く。私と天との距離は常に不定であるが、天の重みは時おり私と一致する。私のイメージは私のつむじに穴を開け、天と直通するエレベーターの柱を創り出す。私の指は私の頭の中心となるつむじを探すが、指先はいつも降りるべき地点を誤る。爪先のみが正しく髪をかき分け頭皮を抉る資格を得る。イメージの鏡は私の背後に立つ。イメージは私を映さない。イメージの鏡は私を映す。私のイメージがイメージの鏡を映す。イメージはイメージの鏡に映らない。清澄なるイメージがあたかも私のうちに滞留し、汚濁のように脳へ穴をうがつ腐食性の病巣として夜を囁いているが、それは私がイメージのうちに立つ私を、足をつける地なしに構成した因果に拠って目覚めさせたからに過ぎない。今も私はイメージの前で立ち止まる。形式上の眼を擦り、眼鏡の汚れを拭き取り、フケを払う。イメージの尿意が私を立ち上がらせようと、足を冷やす。私は私の両足を温めるために互いに絡め合い、踵で私の足を踏む。温かさのイメージが、底冷えのするイメージと混じり、両者の明白なる対立が際立つことで私に人肌と私の体温を忘れさせる。私の熱源探知機は、私の熱に色を与える。平面であり、グラデーションであり、雑音である私が、イメージの前で、コンマ数秒ほどの遅延とともに、立ち止まる。立ち止まる私は揺らぐ。私の顔面温度は、私の眼球と眼窩と眼鏡と瞼とその他の区別をつけない。天からストローのような柱がおりてきて、ミシン針のように頭頂部へと着陸する。潜り込んでくる柱は、私自身が居所を把握していない私の中心へと到達し、何かを吸い上げていく。私の熱源探知機は、私の中心のイメージがじわじわと冷却を与えられていることを感知する。先ほどまで揺らいでいた私の輪郭は、くっきりと私の人形としての形を描き出す。頭のてっぺんから爪先まで、私のイメージが空間から切り抜かれる。熱源探知機は私の場所を見失うか、私の熱を見失い、私と私の背景とその他の区別をもはやつけない。私は私のイメージの前で立ち止まる。イメージの濃度の前で。

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