『マルドロールの歌』の要約と考察
【マルドロールの歌とは】
- フランスの詩人、ロートレアモン伯爵作の散文詩集(1869年作)。
- 悪の化身「マルドロール」を歌い手(語り手)とした悪逆的・奇想的な文体が特徴。
- 「解剖台の上での、ミシンと雨傘との偶発的な出会い」というフレーズなど、後の20世紀シュルレアリストたちに影響を与えた。
- 本名イシドール・リュシアン・デュカス。「ロートレアモン伯爵」は筆名で、デュカスに爵位はない。
- 1846年、南米ウルグアイの首都モンテビデオで生まれる。
- 1870年、モンマルトル通りの住居で死去(享年24歳)。
- 他の作品に『ポエジーⅠ』、『ポエジーⅡ』。生前はほぼ無名だった。
【マルドロールの歌の構成】
- マルドロールの歌は第一歌から第六歌までの六つの歌からなる。
- それぞれの歌は五から十数の章節で分けられ、全体で六十の章節により構成される。
- 以下では各章節ごとの主題(らしきもの、テーマと思しきもの)を取り上げて、簡易的なインデックスとして要約している。※ロートレアモンは章節に題名などは付していない。
第一歌
第一章節 読者への警告、渡り鳥の鶴について
第二章節 読者の憎悪について
第三章節 マルドロールの善良な幼年時代について
第四章節 自分の天才について
第五章節 笑いについて
第六章節 自らが危害を加えた無垢な子供を、優しく慰める幸福について
第七章節 ツチボタルと淫売について
第八章節 田園の犬の遠吠えについて
第九章節 年ふる大洋について
第十章節 地上の動物たちと人間の奇妙な喧騒について
第十一章節 ある父と母と子の家族について
第十二章節 ノルウェーの墓掘り人夫について
第十三章節 ヒキガエル君について
第十四章節 第一歌の結び
第二歌
第一章節 人類と邪悪さについて
第二章節 血だらけになりながら第二歌を書き始める
第四章節 不定形の塊から逃げる乗合馬車について
第五章節 狭い路地の少女について
第六章節 チュイルリー公園のベンチに座っている子供について
第七章節 両性具有者について
第八章節 聴覚、音、声、叫びについて
第九章節 虱について
第十章節 数学、三角形について
第十一章節 聖所のランプについて
第十二章節 子供の頃に考えていたこと、祈りについて
第十三章節 暴風雨の海の雌鮫、あるいはマルドロールの初恋について
第十四章節 セーヌ河の水死体について
第十五章節 蛸と三について
第十六章節 第二歌の結び
第三歌
第一章節 二人の謎の兄弟について
第二章節 狂った女、あるいは青年時代の思い出について
第四章節 路上に寝そべる<創造主>について
第五章節 髪の毛とその主人について
第四歌
第一章節 人類とその同類者について
第二章節 二本の柱、あるいは塔、あるいはバオバブ樹について
第四章節 種々の生物が住み着く屍体について
第五章節 死をもたらす視線について
第六章節 豚の皮をかぶる夢について
第七章節 両棲人間について
第八章節 ファルメール、あるいは十四歳の少年の思い出について
第五歌
第一章節 読者への語りかけ
第二章節 スカラベとペリカンと子羊禿鷹とヴァージニア・ワシミミズクについて
第四章節 風変わりなニシキヘビ、あるいはボア、あるいはバシリスクについて
第五章節 不可解な男色者たちについて
第六章節 葬列について
第七章節 エルスヌールとレジナルド、あるいは催眠について
第六歌
第一章節 序文、小説を書くことについて
第二章節 マルドロールは何処にでもいる
第四章節 メルヴィンヌが邸宅に戻り、発作状態で家族に心配される
第五章節 メルヴィンヌが手紙を受け取り、返事の手紙を投函する
第六章節 マルドロールは鏡を見る
第七章節 アゴーヌ、冠を戴いた狂人の過去
第八章節 大天使との問答、あるいは岩礁のイチョウガニと棒杖
第九章節 メルヴィンヌを袋詰にして肉屋に渡す
第十章節 遠心力、メルヴィンヌは彗星さながらになる
【マルドロールの歌の簡易案内】
- 「解剖台の上での、ミシンと雨傘との偶発的な出会い」というフレーズが登場するのは、第六歌第三章節。
- マルドロールの歌で最も名高いとされる鮫との交合シーンは、第二歌第十三章節。
- オートマティスム的に、マルドロールが自身を催眠状態に置いているのは、第五歌第七章節。
【マルドロールの歌の解釈】
- デュカスは「苦悩を描写するのは馬鹿げた行為だ。すべてを美しく見せなければならない。」(『ポエジーⅠ』)と書いている。マルドロールの悪逆的行為の描写も、あるいは<創造主>が倫理的に課している人類の内面的な制約を乗り越えた「美」を追求した実験と言えるかもしれない。マルドロールはマルドロールなりに苦悩しているのだが。
- 「しばらく比較してから、私には自分の笑いが人類のそれに似ていないことがわかった、つまり自分が笑ってなどいないことが」(第一歌・第五章節・18)。マルドロールは孤独である。マルドロールは人類の中に自分の居場所を見出せない。「そこが自分のいるべき場所でないと感じてはいても、脱出できないのだ。」(第二歌・第四章節・76)マルドロールに話しかけてマルドロールのために祈ってくれるのは、マルドロールが踏み潰したヒキガエルぐらいのものである。
- マルドロールが歯牙にかけているのは、主としてメルヴィンヌをはじめとした少年少女たちである(人間の中では)。無垢なる者を標的とする単なる邪悪さの表象というよりは、むしろ子どもの頃から悩んでいたマルドロール自身が、子どもたちをこそ同類になりうる者と望みをかけていたからではないのか。逆に言えばマルドロールにとって大人たちは心底どうでもいい存在でしかない。「彼が歌うのはただ自分だけのため」(第四歌・第二章節・188)なのだ。
- マルドロールがマルドロールとして覚醒するのが、雌鮫と交合する第二歌第十三章節である。「……とうとう、私は自分に似た者を見つけたのだ! これでもう、私はひとりぼっちではない! こいつは私と同じ考えをもっていた!……これこそまさに私の初恋だったのだ!」(第二歌・第十三章節・129−130)。マルドロールは残酷な鮫に自分の写身を見出す。マルドロールは人類ではなく、人類を噛み殺す者に自身を見出すのだ。マルドロールは人類の中にはいないが、マルドロールとして何処にでもいる。マルドロールは自己の中に他者を認めない。「私は自分の内密な論理性の中に、ひとりきりで住みたいのだ。」(第五歌・第三章節・239)それ故にこそ、マルドロールの歌は個人的な詩にとどまらない、誰にとっても襲い来る美しい「悪夢」として結実するのだ。
【参考文献】
- ロートレアモン『ロートレアモン全集』、石井 洋二郎 訳、筑摩書房、2005
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