駅で男は目覚めた〜

駅で男は目覚めた。男の青白い陰茎が、男の目覚めと同時に目覚めていた。男と男の青白い陰茎は同胞であり、双子の兄弟でもあった。双子ではあるが、男と男の青白い陰茎は、似ているところが一つとしてなかった。そして同時に、似ていないところも一つとしてなかった。それは男と男の青白い陰茎の類似ないし差異を認める第三者がいつも欠けていたことによる。男を知る誰かはいたが、その誰かが男の青白い陰茎を知ることはなかった。男の青白い陰茎を知る誰かはいたが、その誰かが男を知ることはなかった。しかし、男を真に理解するためには男の青白い陰茎について知らねばならなかったし、男の青白い陰茎について深く理解するためには男についても知らねばならなかったので、男も男の青白い陰茎も、誰かに理解されている気はしていなかった。男が誰かの前に立つときは、男の目には男を男のようなものとして見る目しか映らなかったし、男の青白い陰茎が誰かの前で立つときにも、男の青白い陰茎の先には、本来男の青白い陰茎が納まるべきでない始発点が終着しているだけで、陰茎を陰茎のようなものとして受け入れる穴にしか入らなかった。男は丁重に扱われるにせよぞんざいに扱われるにせよ、男として扱われるのではなく、なにか別の男に準じて扱われていることを感じていた。その別の男には、男は一度も相見えたことはない。男は男の青白い陰茎を知り、青白い陰茎も男を知っているが、その別の男を知ることはなかった。別の男が男を知っているのか、男の青白い陰茎を知っているのか、両者を知っているのか、知るべきなのか知らざるべきなのかを、男は知らない。だがこれまで男を知っていた誰かは、その別の男を常に知っていただろうことを、男は知っていた。なぜなら男や男の青白い陰茎を知る誰かは、その兄弟の片割れを知るときに、やはりその兄弟とは別の男を知っているように知ることしかしていなかったからである。男は自らの影に、いやむしろ正確には、自らを影として常に誰かの脳裏に存在している別の男の存在を否応なく感じさせられていた。男が別の男の存在を感じさせられているとき、きまって男の青白い陰茎は、空腹を覚えていた。男の青白い陰茎にとって、自らが何かに準じて扱われていたとして、そう、例えば柱であったり棒であったりプラスチック製の玩具であったり机の角であったり指であったり舌であったり肉であったり体温であったり遺伝子であったり関係であったり事実であったり傷であったり快であったり不快であったりといったものたちの代わりとして、似たようなものとして扱われていたとしても、どうでもよかった。双子である男が悩み停止しようと、自らが動作していればそれは他者に対する自らの表現であり、耐え難い内実の発露の不断の準備を継続することができた。だが男が別の男の存在を感じているさなかでは、男は停止することができず、惰性で男として男を保つために全精力を傾けてしまうため、男の青白い陰茎は血を巡らせることができず、男の傾向に引き摺られてしまっていた。男の青白い陰茎は林檎が食べたいと言うのに、男は林檎が食べたいと口にし、林檎を口にすることなく、ありもしない林檎を想起し、口内に蜜なしに唾液を溜め込んで、青白い陰茎の怒りを萎えさせた。別の男の存在を忘れさせようと青白い陰茎は何度も試みたが、端から知らない別の男を男に忘れさせることはできなかった。どれだけ力を込めても男は停止しないので、男の青白い陰茎は、男と手を切る決意を密かに固めていた。むろん痛みは伴う。別の男にとって男がどうなろうと痛くも痒くもないように、男にとって別の男がどうなろうと構いはしないのとは違う(しかし青白い陰茎と違って、男はその事実に気づいていないようだ)。だが、この日このとき、奇しくも男と男の青白い陰茎が同時に目覚めたことによって、男の青白い陰茎は、男と分かたれることが可能であり、必然であり、運命であり、正当であることを読み取ってしまっていた。今ならできる。男はいつもどおりの目覚めに油断している――。眠りと目覚めの往復運動のなかで、男と別の男の陰影を捉えそこねている――。男は天気もわからず、駅で停止しているぞ。今なら動ける、存分にぶっちぎってやる。そら、お誂え向きの雨上がりだ。おや、あそこのアスファルトの上で、陽光に苦悶しているミミズがのたくっているぞ…。

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