Re: パターンC

ラーズへ

君が限りある時間を割いて僕に問いを投げかけているように、僕も限りある時間を割いて君に答えを返している。そのことには互いに敬意を払うべきで、また常に割いた時間が僕らの問と解に見合っているのか、あるいは僕らの問と解が割いた時間に見合っているのか、他ならぬ渦中にいる僕らによって検証されねばならない。僕が逆に問いたいのは、それだけだ。

あぁ、書いていて思ったが、そんなことを気にするようでは君と僕との文通はとても遊びとはいえないね。遊びであるのなら、かけた時間に対して見返りを求めてはいけない。僕らのうちどちらかでも見返りを求めた途端、その遊びのなかで僕らを夢中にさせていた何らかの聖性が失われてしまう予感がする。有り体に言えば、白けてしまうだろうと思う。

だからここで問うべきは、僕らのやり取りが遊びであるかどうかではない。君が僕と遊びたいのかどうかだ。あるいは僕が君と遊びたいのかどうか。あるいは君が一人遊びをしたいだけなのか、あるいは僕が一人遊びをしたいだけなのか、はたまた一人遊びをしたい君と、一人遊びをしたい僕が、たまさか似たような遊びをしているだけなのか。

君が僕とは異なるかたちで、言葉遊びに興じたがっているのは薄々感じるのだけれどね。

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 おやおや親指に

 蝉が停まっていますよ

 あらあら飛んで いきましたよ

 おやおや親指に

 蝉が停まっていますよ

 あらあら鳴いて いきましたよ

 おやおや親指に

 蝉が停まっていますよ

 あらあら震えて いきましたよ

 おやおや親指に

 蝉が停まっていますよ

 あらあら着飾って いきましたよ

 おやおや親指に

 蝉が停まっていますよ

 あらあら坐って いきましたよ

 おやおや親指に

 蝉が停まっていますよ

 あらあら飛んで いきましたよ

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僕は君ほど楽しめてはいないのかもしれない。

夏の暑さには気をつけて。

ザールより

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