心の在処について
自分の手の届かないところに心が届くか。
自分の言葉の届かないところに心が届くか。
心を配りすぎて心を失くしてしまわないか。
いざというときに働かせるべき心が、気づいた時に心許なくなってしまわないか。
心は無限にあるわけではない。
費やせば目減りするものだ。
いつの間にか削られているものだ。
削られた心は回復するだろうか。増すことができるだろうか。
満たされるものだろうか。器の大きさも測れないのに。
補えるものだろうか。形も定かならぬものなのに。
そもそも心は何処にあるのか。手当は何処にすればよいのか。
心の在処とは 何かを動かしたあとに
残り香のように微かに感じるものかもしれない。
あるいは 何かを動かせないときに
何も生むことができない時に ただ残るものかもしれない。
ただ 「あった」
あるいは「あったかも」
とだけ言えるような
目の端で 微かに捉えられたかのような
そこが心の場所ではないか。
傷んだ心は何処にある。
動かされた心は何処に行く。
奪われた心は誰のものになる。
乱れた心地は平らかにされるか。
心の底までの深度が測れるか。
その深さに耐えきれるか。
その浅さに耐えきれるか。
心なしか
今日は心の在処を忘れてしまえるような気がしたのだが。
©Keiichi Yoda
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